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源氏物語の作者が紫式部ではないことは本当ですか?
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mouhu_makuraさん
それぞれの説が混在していて、まだはっきりしていないのが現状であると言えます。
以下ウィキペディアから引用いたします。
通説
一条天皇中宮上東門院彰子(藤原道長息女)に女房として仕えた紫式部がその作者であるというのが通説である。
物語中に作者を知る手がかりはないが、以下の書より作者が紫式部であることはまず動かないとされている。
『紫式部日記』(写本の題名は全て『紫日記』)中に自作の根拠とされる次の3つの記述
藤原公任の 源氏の物語の若紫 という呼びかけ、
「左衛門督 あなかしここのわたりに若紫やさぶらふ とうかがひたまふ 源氏にかかるへき人も見えたまはぬにかの上はまいていかでものしたまはむと聞きゐたり」
一条天皇の源氏の物語の作者は日本紀をよく読んでいるという述懐により日本紀の御局と呼ばれたこと。
「内裏の上の源氏の物語人に読ませたまひつつ聞こしめしけるに この人は日本紀をこそよみたまへけれまことに才あるべし とのたまはせけるをふと推しはかりに いみじうなむさえかある と殿上人などに言ひ散らして日本紀の御局ぞつけたりけるいとをかしくぞはべる」
藤原道長が源氏の物語の前で好色の歌を日記作者に詠んだこと。
「源氏の物語御前にあるを殿の御覧じて、例のすずろ言ども出で来たるついでに梅の下に敷かれたる紙に書かせたまへる すきものと名にしたてれば見る人の折らで過ぐるはあらじとぞ思ふ たまはせたれば 人にまだ折られぬものをたれかこのすきものぞとは口ならしけむ めざましう と聞こゆ」
底本、宮内庁蔵『紫日記』黒川本
尊卑分脈(『新編纂図本朝尊卑分脉系譜雑類要集』)の註記
「上東門院女房 歌人 紫式部是也 源氏物語作者 或本雅正女云々 為時妹也云々 御堂関白道長妾」
後世の源氏物語註釈書
[編集] 一部別作者説
『源氏物語』の大部分が紫式部の作品であるとしても、一部に別人の手が加わっているのではないかとする説は古くから存在する。
古注の一条兼良の『花鳥余情』に引用された『宇治大納言物語』には、『源氏物語』は紫式部の父である藤原為時が大筋を書き、娘の紫式部に細かいところを書かせたとする伝承が記録されている。また『河海抄』には藤原行成が書いた『源氏物語』の写本に藤原道長が書き加えたとする伝承が記録されている。また一条兼良の『花鳥余情』、一条冬良の『世諺問答』などには宇治十帖が紫式部の作ではなくその娘である大弐三位の作であるとする伝承が記録されている。
近代に入ってからも、様々な形で「源氏物語の一部分は紫式部の作ではない」とする理論が唱えられてきた。
与謝野晶子は筆致の違いなどから「若菜」以降の全巻が大弐三位の作であるとした。 和辻哲郎は、「大部分の作者である紫式部と誰かの加筆」といった形ではなく、「一つの流派を想定するべきではないか」としている[4]。
戦後になって登場人物の官位の矛盾などから武田宗俊らによる「竹河」の巻別作者説といったものも現れた[5]。
これらのさまざまな別作者論に対して、ジェンダー論の立場から、『源氏物語』は紫式部ひとりで全て書き上げたのではなく別人の手が加わっているとする考え方は、すべて「紫式部ひとりであれほどのものを書き上げられたはずはない」とする女性蔑視の考え方に基づくものであるとする。として「ジェンダーの立場から激しく糾弾されなければならない」とする見解も出現した[6]。
阿部秋生は、『伊勢物語』・『竹取物語』・『平中物語』・『宇津保物語』・『落窪物語』・『住吉物語』など、当時存在した多くの物語の加筆状況を調べた上で、「そもそも、当時の「物語」は、ひとりの作者が作り上げたものがそのまま後世に伝えられるというのはむしろ例外であり、ほとんどの場合は別人の手が加わった形のものが伝えられており、何らかの形で別人の手が加わって後世に伝わっていくのが物語のとって当たり前の姿である」として、「源氏物語だけがそうでないとする根拠は存在しない」との見解を示した[7]。
また文体、助詞・助動詞などの単語の使い方について統計学的手法による分析・研究が進められている。
以上、引用文です。
ちなみに、『河海抄』や『花鳥余情』は、源氏が書かれてから数百年後に書かれた俗に「古注」と呼ばれるもので、鎌倉・室町に著された注釈書として有名です。学者が原文にすべて注をつける仕事をする、という点では少し前には玉上先生がされてます。
長文失礼いたしました。別に、「紫式部が書いてない」という主張は一蹴するべきものではなく、その主張の論拠をお示しいただきたいものです。しかし、難しい問題です。いまだに決着がついておりませんし、おそらく今後もそうでしょう。
とりあえず「紫式部が書いたんだ」という学会の見解が学校の教科書に反映されているのが現状況といって差し支えないでしょう。
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jojojo1218さん
源氏物語から作者を示す分はないが、源氏物語の作者が記した紫式部日記の記述から
一条天皇の皇后の中宮彰子に仕えた藤原為時の娘と考えるのが定説。
すくなくとも後世に紫式部と呼ばれる人物が関わっていたことは間違いないと思われている。
父為時が原案とか紫式部の娘が加筆とかいろいろな説があるのは確か
boccadilido2さん
嘘だよ。
そういうトンデモ説を質問する場合は、どこでそんなことを仕入れたのか、明記してくれ。
なお、源氏物語の一部は紫式部の作ではないだろうとは、言われている。
質問した人からのコメント
あ