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日本人の苗字が多いのはなぜですか?

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質問者

km15ppさん

2009/3/1115:41:34

日本人の苗字が多いのはなぜですか?

韓国人の苗字は300種類、中国人の苗字は3000種類。
日本人の苗字は何と15万種類。

この理由は何ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

untamaghiruさん

2009/3/1123:47:33

ご質問の主旨からは外れてしまいますが、間違った認識をお持ちの方が多いようなので一言。
江戸時代の庶民が苗字を持っていなかった、というのは誤りです。

庶民の多くは、先祖代々の苗字を田畑や山林とともに世襲していました。
庶民は苗字を「持っていなかった」のではなく「公けの場で名乗れなかった」だけなのです。
江戸時代、農漁民や町人は宗門人別帳(戸籍として機能していた)や奉行所の書類などの公的文書では苗字を名乗ることを許されていませんでした。しかし公的な身分制度の及ばない神社への寄進などでは堂々と苗字を名乗っています。


現在日本で最多姓とされるのは「佐藤」「鈴木」です。
もし本当に日本人の大部分が明治初期に新たに苗字を考えたのだとすれば、マスメディアが未発達で外部の情報がほとんど入ってこない時代に、全国各地で佐藤や鈴木といった苗字を多くの人が同時に思いつくでしょうか。
もし苗字の無い人が新たに苗字を付けるとすれば、在所の地名・地形から採るか、歴史上の有名姓にあやかるのが普通だと思われますが、佐藤や鈴木はそのどちらにも当てはまりません。
佐藤氏も鈴木氏も、明治以前に全国に散らばって一族を増やしていたとしか考えようがありません。
この一事を見ても「庶民はみな明治になって苗字を作った」という説は誤りだということが分かります。


少し前までは「江戸時代は庶民は苗字を持っておらず、明治になって皆があわてて苗字を考えた」という巷説がまかり通ってきました。しかし現在では社会史や郷土史の研究が進み、江戸時代から庶民の多くが苗字を持っていたことが明らかになっています。
ただ元々農民が苗字を持っていなかった地域も確かにあり、また世代を重ねるうちに元の苗字を失ってしまった人もいました。こういう人達は明治期に新たに苗字を作らざるを得ず(明治新姓といいます)、その時の苦労話が面白おかしく伝えられてきたのだろうと思いますが、日本人全体から見れば少数です。

最新の教育出版物にまで、一昔前の誤った俗説が堂々と紹介されているとは驚きです。


日本人の苗字の種類が多い理由は、苗字の歴史が新しいからではなく、むしろ多くの庶民が苗字を持った歴史の古さにあります。
ヨーロッパ人の姓の種類が少ないというのも事実誤認で、歴史の古いイタリアでは日本を上回る30万以上の姓があるといわれています。

中国およびその文化的影響を強く受けた韓国やベトナムでは姓の種類がとても少ない。
中国文化圏において「姓」とは一族の先祖を示すもので、先祖から受け継いだ血を変えられないように、父から受け継いだ姓も一生変えてはならないという規範が強く根付いています。この父系同族意識というのは社会の根幹をなしていて、(中国と韓国ではかなり事情が違うのですが)同姓同士の結婚が許されないとか、養子も同姓の一族からもらうとか、ともかく家族制度も社会規範も「姓」に強く支配されています。
姓の種類は古代に固定化され、時代が下っても基本的に増えることはありませんでした。


日本の場合も古代に豪族が名乗った「姓」が根本にあります。源・平・藤原・橘などに代表される天皇から姓を授かった「賜姓氏族」がその代表です。
平安後期以降、朝廷で出世の見込みのない下級の貴族(姓は源氏や藤原氏)が地方に下向して土着し、領主となります。やがて彼等は土地を守るために武装し武士団を形成していくのですが、彼等は自分の領する土地の名を苗字(名字)として名乗るようになります。地名のほか、中央での官職名(犬養・郡司・服部など)や地名や官職名と姓を組み合わせたもの(伊勢の藤原氏→伊藤、左衛門尉の藤原氏→佐藤など)もあります。

現在の日本では「姓」と「苗字(名字)」はほぼ同義ですが、元々は別のものです。足利尊氏も新田義貞も姓は「源」なのですが、一族が領した土地の名を冠した苗字のほうが広く流布しています。
先祖の血統を示す姓より、その土地の領有を示す苗字のほうが好まれたわけです。ただ苗字はあくまで私称であり、公的な場では姓が用いられました。徳川家康も、朝廷から官位を授かるときは「源朝臣家康」を使いました。

中世に入ると、地方領主は長男が土地を相続する一方、次男以下は新たに土地を開墾し、その土地を苗字として一家を興すようになります。こうした分家は、たとえば本家より山寄りの土地を開いたから「山本」「山田」、上流部を開墾したから「川上」「上田」、そうした地形由来の苗字を付けることも多くありました。
また配下の下級武士(実態は自作農)も領主にならって苗字を名乗るケースも一般化します。
こうして苗字の数はどんどん増えていったのです。

戦国期に兵農分離がすすみ江戸時代に身分制度が固定化される以前は、農民も土地を守るため程度の差はあれ武装した歴史を持っていますから、農民の多くも父祖から伝わった苗字を持っていたのは自然なことです。

質問した人からのコメント

2009/3/17 17:54:52

降参 詳しい説明、ありがとうございます。

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2009/3/1116:39:57

先々週の『マンガでわかる世の中のしくみ そーなんだ!社会編』に、ちょうどそのテーマが載っていました。それによれば、江戸時代には国民の8割を占めていた農民には苗字がなく、明治になって四民平等のために「全員苗字を名乗れ」といわれ、困ったから田んぼの真ん中に住んでいるから「田中」とか、油屋さんだから「油谷」にしたとか、みんな思い思いに適当につけたので、何の統一感もなくつけたのが原因のようです。

ちなみに、ヨーロッパ全部合わせても苗字の数は5万に満たないそうです。

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jun_wahahaさん

2009/3/1115:49:07

予測で申し訳ないですが・・・
元々、苗字というのは貴族や武官・武家など、要するに上流階級の人たちしか持っていませんでした。
で、ある時「苗字を持っても良い」という令が出て、誰でも苗字が持てるようになったと聞きます。
そのときに、自分でつけた場合は苗字が多くなりますよね。

あとは、こんなエピソードを聞いた事があります。
甲斐のお偉いさんが、薬袋を落としてしまい、それを村の人が拾ったときのエピソードらしいのですが・・・
「中身を見たか?」
と聞かれたとき村人は
「みてない。」
と言った事から「薬袋(みない)」という苗字が生まれたとか。
そんな感じで苗字をつけてたら、どんどん増えますよね(笑)

同じ読み方でも、漢字が違うもの(例:川上と河上 [かわかみ])があるので、それで余計に種類が増えていると思います。
他の国は「この読み方はこの字」となっているものが多いと思いますので。

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グレード

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b_fifty_oneさん

2009/3/1115:45:40

日本人は明治維新まで平民は苗字を持っていませんでした。
明治維新のときに、国民全員が苗字を持つことになったため、そのときに皆が好き勝手につけたためでしょう。

他国では、基本的に自分の生まれた地方の名前や、職業を表す言葉とかを当てていますので、そんなに数は多くならないのでしょうね。

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