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江戸時代の下級侍は、収入はどうやって得るのですか?

njjdcisacoiさん

江戸時代の下級侍は、収入はどうやって得るのですか?

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kousonryuusi3さん

江戸時代の武士の俸禄制度には四段階あり、
「知行取」(ちぎょうとり)領地を与えられ年貢収税する。自分で税率も決定できる。
「切符取」(きりふとり)一度蔵に入った米に対して払出しを受けられる有価証券(払米切手)をもらう。年払いと月払いがある。
「扶持米取」(ふちまいとり)一人扶持=1日五合の計算で扶持米をもらう。
「高掛」(たかがかり)一度物頭が預かった扶持米を物頭からもらう。
「知行取」「切符取」は上士、中士にあたります。下級武士は「扶持米取」か「高掛」です。「高掛」の場合には上司である物頭に採用や罷免の権利があります。
「扶持米取」の場合、江戸中期にはほとんどがそれに見合う金銭で支払われ、また当初は年払い(年貢が完納された11月以降=年末)であったものが、一度に多額の資金需要が必要になることから月払い制が主流になっています。支払いは勘定方が窓口になっています。

実際には俸禄だけでは下級武士は生活できず、一家の者が内職をしたり、使用人がやっているかたちをとって営農したりしています。(八王子千人同心などでは半農が認められていた例もあります)

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質問した人からのコメント

  • ありがとうございました。
  • コメント日時:2009/4/17 01:02:32

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yanku921さん

侍=公務員

意味解りますか?

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yoha3158bkさん

浪人で無い限り、仕官していれば、藩から禄(給料)を貰って生活していましたよ。
ただ、自分と家族が満足に食べていけるだけの給料だったのかは、色々と見ていくと、かなり厳しかったようですね。
例えば、現代風に例えると、プロ野球だと二軍選手の最低年棒360万のような感じでしょうね。

米が収穫出来るような自分の領地をもらえるような武士は、かなり上に位置する人ですね

侍にも、藩に仕官している侍と、その侍に仕えている侍とがあったんです。いわゆる足軽に相当する侍ですね。これらの侍は、現実には、厳しい生活だったでしょうね。

また、城下に住まずに、周囲の農村地帯に住んでいた侍もいました。これは、郷士と言われる、やはり下級侍ですね。この郷士制度が有名なのは、薩摩でした。

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  • 編集日時:2009/4/14 23:53:20
  • 回答日時:2009/4/12 11:49:09

fantomu_suterusuさん

主に合戦で、倒した敵の刀や鎧を売って、
収入を得ていたと、聞いたことがあります。

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