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紀貫之の土佐日記の帰京の現代語訳を教えてください。

ere0933さん

紀貫之の土佐日記の帰京の現代語訳を教えてください。

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frogman03544さん

【土佐日記/帰京】


『現代語訳』

十六日。
今日の夕方、京に上るおりに見れば、
山崎にある店屋の看板の小櫃の絵も、
曲にある大きな釣り針の看板の形も、昔と変わっていない。
「売る人の心はどうだろう」と言っている人がいる。
このように京へ近づくと、島坂で、ある人が歓迎の接待をしてくれた。
そんなの必ずしもしなくてよいことだ。
京を出立した時より、帰って来る時に、とかく人はあれこれするものだ。
この人にもお礼をした

夜を待って京に入ろうと思い、ゆっくりしていると、月が出てきた
桂川を、ちょうど月の明るい時に渡った。
人々が「この川は、飛鳥川でないので、淵も瀬も少しも変わっていない」と言い、
ある人が詠んだ歌、

《ひさかたの月におひたる桂川底なる影も変はらざりけり》

『月に生えているという桂の木。その名と同じ桂川は、
底に映る月の光までも変わっていない。』

また、ある人が言うのは、

《天雲(あまぐも)のはるかなりつる桂川袖をひでても渡りぬるかな》

『土佐では空の雲のようにはるかに遠かった桂川。
その川を今、袖を濡らしながら渡ったことよ。』

また、ある人が詠んだ

《桂川わが心にも通はねど同じ深さに流るべらなり》

『桂川は、私の心に通じてはいないけれど、
私が今日を懐かしむ心と同じ深さで流れているようだ。』

京にたどり着いたうれしさのあまり、歌の数もあまりにも多いことだ。

夜がふけてやって来たので、途中のあちこちが見えない。
都の町なかに入ってうれしい。
家にたどり着いて、門に入ると、月が明るいので、とてもよく状態が見える。
うわさに聞いていた以上に、話にならないほど壊れている。
家を預けていた人の心も荒れていたのだった
仕切りの垣はあるにはあるが、同じ家のようなので、先方が望んで預かったのだ。
それでもついでがあるたびにお礼の品も絶えずあげていた。
今夜は、
「こんなにひどいとは」などと従者たちに大声で言わせたりしない
たいそうひどいとは思うが、お礼はしようと思う。

さて、池のようにくぼんで、水に浸かっているところがある。
側に松もあった。
五、六年のうちに千年も過ぎたのだろうか、半分がなくなっている
新しく生えたのがまじっている。
ほとんどみな荒れ果てているので、「大変だ」と人々が言う。
思い出さないことは何一つなく、恋しく思うなかでも、
この家で生まれた女の子がいっしょに帰らないのが、どれほど悲しいことか。
同じ船で帰京した人たちはみな子どもが寄り集まって大騒ぎしている。
そうしているうち、やはり悲しさに堪えられず、
ひっそりと気心が知れている人と詠んだ歌、

《生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ》

『ここで生まれたあの子も帰ってこないのに
わが家の庭に小松が生えているのを見ると、子どもが思い出されて悲しい。』

と言ったことだ。
それでもまだ満足できないのか、またこう詠んだ。

《見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや》

『亡くなったあの子が、松のように千年も見ることができたら、
永遠の悲しい別れなどすることもなかったのに。』

忘れられず、残念に思うことが多いけれども、全部を書き尽くせない。
まあともかく、こんなものは早く破いてしまおう。

質問した人からのコメント

  • 感謝ありがとうございます
    とってもわかりやすくて助かりました。
  • コメント日時:2009/9/11 21:19:40

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