解決済みの質問
<芸術>と<進歩>
<芸術>と<進歩>
こんばんは。昨日に引き続き、よろしくお願いします。
ある一つの芸術に於いて、それが進歩していくということはあり得るのでしょうか?ここで言う進歩とは、現在のような進歩主義者の目指す「進歩」や物質を信じた人間が目指す「進歩」ではなく、あくまで、心の底から人生を芸術に捧げ、自らの表現を限りなく突き詰めたときに、結果論として生ずる「進歩」のことです。また、そもそもこれは「進歩」と言うのが正しい表現なのでしょうか?
勿論、僕は前者の「進歩」など絶対に信じていませんし、まして後者の「進歩」など狙ってするものではありません。ただただ制約の中に深く深く潜っていく覚悟だけが大切だと信じ、行動しています。
ただ、あの偉大な作曲家たちの今に伝えられている「功績」とは、なんだったのかが分からないのです。この「功績」とは、現代の人間が一人の作曲家を見るときに、あたかも名刺のごとくつけているもののことです。「ベートーヴェンはソナタ形式の拡大をすすめ、古典派からロマン派への架け橋になった作曲家だ」「ショパンとはピアノという楽器を追求し、数多くのピアノ奏法を生み出した作曲家だ」と。私たちは彼らがこれらの事を目指して、実現したと考えます。が、本当は彼らはただただ制約を受け入れていっただけで、私たちが彼らの「功績」と呼ぶものは、ただの結果に過ぎないのですよね。
この結果論として起きていく「進歩」もいずれは物質的なことだけに、終わりがくるのでしょうか?そうした時に、私たちは決して「進歩」できなくなったことに対し焦ってはいけない。そこからはただ同じ形式で受け継いでいくだけでよい、ということでしょうか?
よろしくお願いします。
- 補足
- kamiyaさんへ
申し訳ありません。こちらの質問は撤回ということにして、もう一つ質問を立てますので、そちらに回答していただけますでしょうか?よろしくお願いします。
この質問は、nur_wer_die_sehnsuchtさんに回答をリクエストしました。
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- 質問日時:
- 2012/2/9 23:53:14
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- 解決日時:
- 2012/2/14 12:33:29
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- 回答数:
- 5
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ベストアンサーに選ばれた回答
ダメだ。人間は一度吐いた言葉に責任を持たないとな。
どうもな、現代人はどうあってもこの「進歩」という呪縛から逃れ得ないんだな。もう歴史の中に生きないんだよ。
バッハの偉大性ということで何度語ってもダメよな。要はバッハを偉大だと思えないんだよ。自分が偉大にならないと嫌なのな。
進歩なんてしなくていいんだよ。今まで通りの様式でやればいいの。その様式の中で自分が自己実現というものをしていけばいいんだ。何で変えたり発明発見をしたりしなきゃいけないのか。
その心の中に何があるのか、という問題なんだよ。
音楽で言えば、もうバッハがいるんだよ。今は十二音階とか言ってるけど、そんなもの全然必要ないの。私に言わせればバッハがいるのに何やってんの? という感じなんだよな。何でバッハに連ならないのか、と。
大体数学的に創り上げたという十二音階なんて、全然バッハ以上になってないじゃない。進歩なんてしてないんだよ。
でも現実に進歩したなんて言う奴がいるんだよな。全く困ったもんだよ。
一体何をもって進歩とみんなが言っているのか、よくよく考えた方がいいよ。
ヴァイオリンなんて、400年前にストラディヴァリウスの一族が作ったものが今でも最高なんだよ。科学が大発展したという現代に於いても、誰もストラディヴァリウス以上のものを作ってないんだよ。要は進歩してないのな。
どんな分野でもそうなんだよ。
マイセンなんて、もう18世紀のケンドラーの作品が最高なんだよ。
うちにペーター・シュトラングのウニカートがあるけど。確かに大好きだよ。でもケンドラー以上だと感じたことは無いよな。
シュトラング自身だってそう思ってるよ。でも何の悲嘆も無く、ただただ自分の精一杯で今後も素晴らしい作品を作っていくよ。
板谷波山なんて、葆光釉薬というものを自分で作って、独自の焼き物を極めた人間だよ。でも彼自身は全く進歩したなんて思ってもいないよ。自分が仁清や乾山以上だなんて思ってもいない人だよ。
みんなただ様式に則って、自己実現をしただけよな。それは進歩なんてくだらないものじゃないんだよ。
まあ、続きは別の質問に書くか。
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- 回答日時:2012/2/11 00:00:21
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ベストアンサー以外の回答
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<質問者の別ID>
speechmusiclimitさんへ
回答ありがとうございます。「ヘルメスの音楽」、是非読ませて頂きます。
kamiyaさんへ
二言は駄目な訳ですね!肝に銘じておきます!
やはり、僕もまだまだ「評価されたい。」という考えが払拭しきれていませんでした。しかし、今回で、一般に言われている「進歩」というものがどういうものか、きっちり心に刻み込めたと思います!と、まあ言ってみましたが、今回もやはり僕の勉強不足を痛感しました。もっと歴史の中に身を沈めていかないと駄目です。出直してきます!ありがとうございました。
他の皆様も、貴重なご意見、ありがとうございました。
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- 回答日時:2012/2/14 12:09:02
横槍失礼します。
浅田彰のヘルメスの音楽を一読してみてはいかがですか。
私には何を言っているのかさっぱり解からなかったですが、音楽に詳しい方なら読み解けるのではないかと思います。
現代音楽とは何かというのが、彼なりの解釈で見えてくるはずです。
浅田彰は特に音楽家というわけではないですが、映画も、絵画も、読書も桁外れの知識がある方です。
ファッションセンスも抜群です。
僕らの親世代では有名な方です。
ちなみに、代表作は「構造と力」という本で、構造主義、ポストモダンを説いた本です。
僕にはさっぱりわかりませんでした(笑)
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- 回答日時:2012/2/10 21:12:48
否、それでは駄目ですね。
古い時代の作品ばかりききだしたのは、結構、新しい歴史です。
バロックの作曲家などは、常になにか新しい作品を生み出さねば
ならなかったのですよ。ききては非常に成熟しており、この作品が、
以前の作品とどこがちがうかを議論しました。もう1回やった作品
には興味がなかった。
音楽家にとって良い時代だったのかどうかは、微妙な問題です。
一生懸命につくっても、1回限りですからね。それを惜しんでの
ことか、作品の一部を他に流用したりすることもよくあります。
ベートーベンなんかも、まだそういう時代の血が残ってますね。
彼は完全に意識的に、形式を破壊し、それを新しくすることに
賭けて、人生を送っていたフシがあります。新しいピアノが出てく
ればすぐに反応したし、開発者が持ち込んだメトロノームにもす
ぐに関心をもちました。
こういう努力や意識だけが、功績を生むのです。功績とはあくま
でも、あとから振り返ってみたものにすぎませんが、その実質とは、
そういうものですよ。進歩ができないことへの焦りや苦悩というの
は、決して忘れてはいけない問題です。例えば、ルイジ・ノーノ
はこういう題名の作品を書きました。
もはや進むべき道はない、だが、進まねばならない。
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- 編集日時:2012/2/10 02:32:07
- 回答日時:2012/2/10 02:30:17
横槍失礼します。
芸術家が作り上げた作品は、おっしゃるとおり結果でしかなく、それは作者が職業として製作している以上、全く自発的な行為とはいえないものです。つまり、ベートーヴェンとて「日々のパンのために」(本人談)音楽を作っていたわけです。もちろんそこには作曲家自身が培ってきたものが反映されるのですが、同時に聞き手なり依頼主が要求する内容も反映されているのです。そこにあるのは作者の「成長」であり、受け手の好みや趣味の「変化」であって、それは必ずしも「進歩」ではないでしょう。
「進歩」してきたと捉えることができるのは、芸術を成すための理論のほうだと思います。音楽に関して言えば、ご存知のとおり、かつて対位法が中心であった作曲技法が、次第に和声的なものへと移り変わり、その中で確立されてきた調性音楽が、後に崩壊へと向かいます。今日は崩壊後の停滞期で、まさに「進歩」に限界がきたのではないかと思えるような状況です。
それでも新しい作品は生まれます。そこにあるのは、技術や形式の継承+作り手のセンス、だと思います。例えばバッハには、フーガという古臭い技法にしがみついた保守的な作曲家のイメージがありますが、彼はそのフーガにおいて斬新で類まれなセンスを見せたからこそ、後に評価されることになったのです。
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- 回答日時:2012/2/10 02:11:40

