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武田信玄の死因は諸説ありますが、そのうちの一つの「流れ弾」に当たって亡くなっ...
武田信玄の死因は諸説ありますが、そのうちの一つの「流れ弾」に当たって亡くなったいう説について質問です。徳川家康との合戦で被弾したところまでは自分で調べてわかったんですが、その弾を撃
った人がわかりません。歴史に詳しい方、武田信玄に詳しいがいらっしゃいましたら、回答をお願いします。
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- 質問日時:
- 2012/2/14 12:30:32
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- 解決日時:
- 2012/2/14 12:57:52
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ベストアンサーに選ばれた回答
出典の一つは1677(延宝5)年に成立した菅沼家の家歴「菅沼家譜」だ。それによると、伊勢山田の住人で笛の名人村松芳休も籠城し、毎夜笛を吹き、武田方も聞きほれていた。2月9日、紙がついた竹が堀端に立ったのを菅沼方の鳥居三左衛門がいぶかり、この竹を目あてに鉄砲を仕掛けておいた。その夜、鉄砲を放つと竹のあたりで「大将撃たる」と叫ぶ声がしたという。
各種史料から銃創死因説を調べてきた愛知県豊橋市在住の郷土史家冨田芳治さんは「鉄砲と笛をからめた菅沼家譜はできすぎだと思うが、銃撃説は『松平記』など多くの文書にある。一概に伝説とは言えないのではないか」。
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- 回答日時:2012/2/14 12:56:19
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ベストアンサー以外の回答
(1件中1〜1件)
誰が撃ったか分からないので「流れ弾」というんです。
撃った人間も、当てようと狙ったわけではなく、自分が撃った弾がまさか自分の見えないところで敵の大将に当たったなんて気がついてもいない、こういう状況の場合に「流れ弾に当たる」といいます。
狙って撃ったなら「狙撃」です。狙って当てた人間がいれば、手柄ですから、名前も残るでしょう。そうじゃないから「流れ弾」なんです。
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- 回答日時:2012/2/14 12:52:21


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