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神道における魂の行き

bwv1080artさん

神道における魂の行き

死者の魂の行き先について、
仏教では、浄土(天国)または地獄もしくは輪廻、
キリスト教では神の国(天国)または地獄。
では、神道ではどこに行くのでしょうか。

たとえば、靖国の英霊
「国家神道は宗教にあらず」と同様の考え方で、結局仏教(やキリスト教)に従うということでしょうか。
それとも、戦後の純粋な宗教団体としての神社は、独自の‘あの世’をもっているのでしょうか。
僕の家は、神道と仏教の併存型で、仏教にしたがうという感じですが。

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ベストアンサーに選ばれた回答

srv432さん

神道の死生観は穢れが根底にあります。
家の者がなくなったら神棚を半紙のような物で覆う必要があります

神道ではどこに行くのでしょうか
1)死に対する思いは穢れであり、又黄泉の国(根の国)に行くといわれています。

黄泉の国とはイザナミの神が火の神を生む時に大焼けどをして亡くなり黄泉の国に行きました。
そこで黄泉之竈国(よもつのへぐい)を食べ黄泉の国の一員になったのですが、
イザナギの神が迎えにきたがイザナミ神は断り、帰る途中振り向くと、
美しかった妻が顔は崩れ蛆がたかっていた。驚いたイザナギの神は急いで逃げ帰り追って来ないように
道をふさいでしまった
日本の神様は死ぬ事もあるのです。

2)死後は草葉の影(すぐ近く)にいて子孫を見守っているのです。(死霊と言います)
そして子孫がその人の事を記憶から無くなった時に魂は混沌となり自然と消滅するのです。(祖霊と言います)

戦後の純粋な宗教団体としての神社は
死後、高天原に行き、家の守護神となり子々孫々家を守って行くのです。

靖国の英霊は、死後、高天原に行き守護神となり日本を見守るのです。

高天原とは古代天地がまだ混沌としていたが、天地が定まり始めに天つ神(あまつかみ)が生まれ
最後にイザナギ神、イザナミ神が生まれ、その子供のアマテラス神が治め神々がいる所です。

参照
古事記
日本書記

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質問した人からのコメント

  • わかりやすいご回答ありがとうございました
    ドラゴンボールの神様も、たしか1度は死んでしまいました。

    キリスト教徒の殉職自衛官の護国神社合祀問題(法律上の問題)を勉強していて、ふと疑問に思ったのです。
    判決では護国神社の信教の自由の観点から、合祀は合憲となっていました。
    でもキリスト教の死生観とは明らかに相容れませんね・・・自衛官の妻の信教の自由を重く見るべきだったと思いました。
  • コメント日時:2007/1/7 05:31:28

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hayasi939さん

 もうすでに出ているかもしれませんが、黄泉の国、常世の国、根の堅洲国等が代表に挙げられますね。
 それのみならず民俗学や産土信仰では人は産土神から分霊を頂いてこの世に生まれてきて死んでから山に行き(昔は山に死体を打ち捨てていて山は他ならぬ「異界」であったことは間違いないでしょう)、穢れを浄化して、自我が消えていき産土神に戻っていくそうです(これは所謂輪廻転生とは異なり一人の魂がまた一人の人間として生まれてくるわけではないようです)。いずれにしろ「死穢」の思想は強いようです。これは「古事記」に記されている所のイザナギノ大神の黄泉降りに由来しているそうです。
 話は変わりますが浄土信仰ではこの国を「穢土」(穢い国)としてあの世を「浄土」(清い国)として「穢く苦しみが多い現世よりあの世のほうが幸せである」様なことを言ってあの世を以上に美化していることから考えてもしかして阿弥陀仏は黄泉神なのかもしれませんね。

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g13k24さん

わかりませんけど、ほとんどの霊魂が霊界にいき天国、地獄にはなかなかいけないところです。
自殺すると地獄に落ちるから絶対にしてはいけないことです。
http://musyoku.com/bbs/view.php/1099704017/

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mirmomoさん

天照大御神のお膝元で
````````````````````

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