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江戸時代、兵農分離を徹底することによってどんな利点があったのですか?

nihonnzinntikyuuzinnさん

江戸時代、兵農分離を徹底することによってどんな利点があったのですか?

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namimakura0115さん

 正確には、兵農分離はすでに戦国時代から広く行われてきました。兵農分離こそが、中世から近世へのターニングポイントだったといっても過言ではないでしょう。
 中世以前の兵士は普段は農耕を行い、戦があれば武装して城に駆けつけるというスタイルでした。つまり戦を行う兵と農耕に従事して生産活動を支える農民が同じだったために、必然的に農閑期にしか戦ができないことになります。そうした点を克服するために、例えば織田政権などは農民の次男・三男以下を集めて言わば常備軍を作り、季節に関係なく戦が出来るようにしました。これが兵農分離の始まりでした。
 安土桃山時代になってくると、豊臣秀吉の刀狩令などによって兵農分離は促進されていきます。1588年,秀吉は方広寺大仏のくぎ・かすがいにすることを口実に全国の農民から武器を没収しましたが、これは農民の一揆を防止するとともに農民と武士を分離して身分を固定化するものでした。そしてさらに身分統制令での農商分離で,身分の制度的確立が進みました。

 関が原以降、徳川政権は実に巧妙に兵農分離を進めていきます。武士は農村から城下町に集められ、それにともなって武士に武具や生活用品を供給している職人や商人も城下町に移住しました。生産者と消費者が分断されたわけです。これは戦国時代の戦乱の担い手(言い換えれば爆弾)である武士を武士階級として隔離して幕府の統制下におくと共に、農民を生産だけに従事させるためでした。江戸幕府初期の施政は、再び戦乱の世に逆戻りさせないための制度作りにウェイトが置かれていました。

参照にしたサイト
http://kn2006.blog66.fc2.com/blog-entry-130.html(ブログ記事ですが)
http://www.ops.dti.ne.jp/~makinoh2/edo/edo5.html(経済との関連で兵農分離を述べています)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history020.htm(兵農分離から織豊政権を説明しています)

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