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92年辺りの広島アジア大会だったとおもうのですが、井原選手がハーフウェーライン後方からロン...

orkland_raidersさん

92年辺りの広島アジア大会だったとおもうのですが、井原選手がハーフウェーライン後方からロングシュートを決めていませんでしたっけ?

いつのどことの試合かって言うのがわかりません。
たしか代表戦でした。
もしかしたら、94年アメリカW杯の予選かもしれないです。
井原選手っていうのもうる覚えです。
どなたかわかりますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

golnihonさん

印象的なDF井原正巳(いはらまさみ)のロングシュートは、
1994/10/11広島アジア競技大会男子サッカー準々決勝日本2-3韓国(広島スタジアム・注ビックアーチではない)での事。

尚、アジア版の五輪であるアジア競技大会の男子サッカー部門は、大会毎に参加資格が違い、この時はA代表(=年齢制限の無いその国最強の代表)が対象だった(最新のドーハアジア大会男子サッカー部門はU-23代表が対象。また、よく混同されるアジアカップは別大会。アジアカップはアジアのA代表王者を決める大会)。

1次リーグ第1戦対UAE戦、第2戦対カタール戦を共に1-1で終えた日本代表は2引き分けで、1次リーグ第3戦対ミャンマー(旧名ビルマ)戦を迎えた。この試合を2点差に抑えて勝利すれば、韓国とは決勝迄当たらない状況だったが、5-0で大勝した。日本代表選手達自身が『優勝するには、いずれ韓国と当たるのだから』と手を抜かなかった。ファルカン監督も何も指示しなかった。

そうして迎えた韓国戦。30分に三浦知良(カズ)のシュートで日本先制も、リベロの柳想鐵(ユ・サンチョル,後にマリノス)が中盤に上がってから、韓国のつぶしが早くなり、日本のショートパスが通らなくなる。後半6分右を突破した高正云(コ・ジョンウン、後にセレッソ大阪)から柳想鐵が得点し、韓国同点。後半32分また右を突破した韓正局(ハン・ジョングッ)から黄善洪(ファン・ソンホン、後にセレッソ、柏)が得点。韓国逆転。日本の敗色が濃厚となる。

後半41分、ハーフウェーラインを超えた所から井原が豪快なロングシュート。糸を引くようなライナー性のシュートが韓国ゴール右隅に突き刺さった。日本同点。
ところが、ロスタイムに入った直後、韓国が放り込んだロングボールを黄善洪と同点ゴールを決めた井原が空中で競り合った。正当な競り合いであったが、UAEのアルムーラ主審は井原のプッシングと判定し、韓国にPKが与えられた。
これを黄善洪が決め、日本2-3で敗戦。

このPKの判定の直前、当時キレキレだったドリブラーMF前園真聖(まえぞのまさきよ)が、韓国ゴール前で倒されたが、主審はこれを流していた。そこからのロングボールで、今度は韓国側にPKを与えたのだった。
UAEは決勝トーナメントに進出しており、日本と当たるより韓国と当たる方が良いとの判断したと勘ぐられても仕方が無い疑惑の判定であった(もしくは買収か。この当時、日本と韓国でW杯の招致合戦をやっていたので、十分考えられる)。

94年米W杯出場を逃したオフトが日本代表監督を辞任。最初、日本サッカー協会(JFA)はテレ・サンターナに打診したが、年間10億円と吹っかけられた為、断念。ミシェル・イダルゴ、アルディレスと立て続けに断られたJFAがあせって、十分な調査もないまま(現JFA協会長川淵氏曰く良くは知らん)、ファルカンを日本代表監督にした。

すると、ファルカンは4年後をみすえ急速な世代交代を行った。が、あまりに急速な世代交代とオフトとは違う南米流の指導は、内外で反発を招き、その上、親善仏戦の大敗(1-4。と言っても、仏はW杯でも上位を狙えるようなワールドクラスのチームだった)。
広島アジア大会の結果で辞任か続投が決まるの“では”との状況だった。

しかし、JFAはファルカンに対し、正式には何のノルマも課さなかった。が、韓国戦後、ファルカン監督解任会見が行われた(JFAにしては手際よく。つまり、解任は既に決まっていたのだ)。

こうしてみると、日本はプロ化されたが、JFAの体質は現在も、一向に改善されていない事が分かる。
JFAもいつになれば『プロ(それで収入を得るという狭い意味の話ではなく、プロフェッショナルとしてのふるまい、仕事ぶり)』になるのだろうか。


日本代表監督人事。
日本サッカーの現状を把握し、どのような路線で行けばいいか決め、それに基いて監督を選ぶ、それが本来の形であろう。これは理想であるが、少なくとも、良く分からない監督を日本代表監督に平気ですえるのはいかがなものか。
これはトルシエ就任時も(ベンゲルにJFAが断られ、そのベンゲルから推薦された為、トルシエを選んだ。またしても調査はほとんどなかった)、ジーコ就任時(ジーコは監督をするのは、鹿島でのわずかな期間を除いてほとんど『初めて』であった)同様である。

ホームの審判の割り当て。有利な判定をするような審判という意味ではなく、少なくとも、日本が一方的に不利にならないような審判を割り当てられるようアジアサッカー連盟(AFC)や大会主催者に働きかける。それくらいはすべきだ(ファルカン曰くそんな事は南米では当たり前。それは協会の仕事との事)。

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  • 編集日時:2007/6/13 03:06:14
  • 回答日時:2007/6/13 03:03:52

質問した人からのコメント

  • 降参お二方とも詳しく書いていただきありがとうございました。
    もやもやがすっきり晴れました。
    小学校のときの脳裏に焼きついていたものがはっきりしました。
    ベストアンサーすごく悩みました。
    riccipoincareさん もありがとうございました。
    golnihonさん の監督選考論は参考になりました。
  • コメント日時:2007/6/13 11:28:16

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ベストアンサー以外の回答

(1件中1〜1件)

 

riccipoincareさん

1994年広島アジア大会準々決勝韓国戦ですね。
あの井原さんのロングシュートには感激したことを覚えています。
あの試合はカズのゴールで先制するも後半に韓国に2点決められ逆転され、残り時間も少なくなり敗色濃厚な中であの井原さんの同点ゴールが生まれました。
結局その直後不可解な判定(だとまだ思っています)で韓国にPKが与えられ、日本は敗れました。
終了後ピッチを引き上げていくカズがユニホームを床に叩きつけるシーンも印象に残っています。
当時の監督ファルカンはこのあと解任されました。

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