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神は存在しますか?存在するのであれば一人でしょうか?そして本当に神がこの地球...
ootoro_umaiさん
神は存在しますか?存在するのであれば一人でしょうか?そして本当に神がこの地球・宇宙を作ったのでしょうか?
世の中にはいろいろな宗教があります。宗教という名前がついていなかったとしても、土着の信仰などや科学・教育も宗教ととらえる事ができると思います。そこで、宗教にはなくてはならない存在、そう「神」についての質問です。と、いうよりも、この地球は誰が作ったか?という質問に限定したいと思います。
日本書紀では、「国産み」つまりイザナキとイザナミの兄妹神が性行して島が生まれたと書いてあります。しかし、実はイザナキとイザナミは自らの意志でそうしたのではなく、別天津神に言われてそうしたようです。では、これをキリスト教の聖書の創世記に当てはめるとどうなるかというと・・・そう、キリスト教の神は一週間で地球を作ったと言われているが、それは誰かに言われたという事になるのではないかと思います。基本的に、すべての宗教には関連性があると思うのでもしかしたら別のところに紐付くのかもしれない。男女という事を考えると、イザナキ=アダム、イザナミ=エバと捕らえてもおかしくないのではないかとも思います。その他の宗教を見てみると非常に面白く、ある宗教は共通点が見られ、ある宗教はまったく共通点が見られない事もあります。
書いていてなんだか脱線してしまいましたが、本題に戻すと、神はいったい何人いるのでしょうか?また、神が一人であると言っている宗教は、なにを根拠に言っているのでしょうか?思いこみだと思いますが・・・。
神は一人だと思わせてる神が何人もいるという風に考えると、非常に興味がわきます。また、異なる宗教間で、似たような神話があるということを考えると、もしかしたらすべての始まりは一つの物語なのかもしれませんね。それが各国に伝承されたり、他の国の伝承と混ざったりして話が変わっていったのではないかとも考えられます。
皆様の考え、お聞かせ下さい。
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wax216さん
皆さんもご存知の目玉焼き。
この目玉焼きが偶然、たまたま出来てしまうということがありますか?
たまたま、卵が割れて
しかも上手いこと殻が入らずに
それがたまたま、油のひいてあるフライパンのうえに落ちて
そのフライパンはたまたま、卵が焦げない程度の火にかかっていて
そして焦げる前にたまたま、皿の上に落ちた。
それも黄身が割れずに。
そんなことってないですよね。
こんな単純な目玉焼きですら、たまたま出来ちゃったなんてことはないのに
目玉焼きなんかよりはるかに複雑な地球がたまたま、偶然出来ちゃうことってありえます?
そんなことってないですよね。
じゃあどうやって出来たかって?
神ですよ、神。
では、神とはいったいなんぞや、となりますよね。
神さまってなんでしょ?
神様は男か?女か?
神様は空を覆い尽くすほど大きいのか?それとも電子顕微鏡でも見ることができないくらいちいさいのか?
神様は何色?赤?青?白?それとも透明?
正解はそのいずれでもあり、いずれでもないです。
なにそれ?わかんない。
う~ん、じゃあこんなのはどうでしょう。
1+1の答えをご存知ですか?
そうです。2ですね。
それでは赤信号は止まれ。では青信号は?
はい、進めですね。
でも世界のどこかの国では青信号が止まれで、赤信号が進めかもしれません。
日本でも今日から青信号で止まれ、赤信号で進めに変えることができます。
人が決めたキマリですからね。
でも1+1の答えを変えることは出来ません。
ひとつのりんごと、ひとつのりんご。同じ袋に入れたとき、袋の中にはふたつのりんご。
これは世界共通です。当たり前すぎてわすれているかもしれませんが。
じゃあ世界中で使われているメートル法だって世界共通です。
でもこれはじゃあ今日から日本の尺間法に統一しましょうといって変えることができます。
でも1+1の答えは変えることができません。
なぜ?
それは1+1の答えを作ったのは人ではないからです。
1+1=2というキマリを作ったわけではないのです。
1+1=2という法則を人は発見しただけなのです。
1+1の答えは人類が発見するよりも前に存在していて、
もっといえば地球の発生と同時にすでにそこにあり、
さらにいえば宇宙の誕生以前より存在していたに違いないのです。
ついでにいえば人類が滅んでも、宇宙が消滅してもなおそれはあり続けるでしょう。
それをあなたはなんと表現しますか。
ある人はこう言いました。
「それこそが神である」と
地球はどうやって生まれたか?
それは様々な法則が絡み合って、と表現してもかまいませんし、
数限りない神々が協力し合い、と思ってもかまわないでしょう。
もしかしたら、ホントにたまたま出来たのかもしれませんしね。
それを法則と呼ぶか、偶然と呼ぶか、神と呼ぶか。
それはあなた次第です。
神はいるのか、いないのか。
それを決めるのもあなたです。
であるならば、神様がいるとするならそれはあなたの心にこそ宿るのでしょうね。
非常に長くなりましたが、これでおしまいです。
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tanakayuya1945さん
いないと思います。
冷静に考えてみてください。
まず、神というのは何ですか?
神が宇宙を創ったと考えられているのは、宇宙がどうやってできたのかまだよくわからないからです。
だから理論的に証明できずに、神が創ったというしかないだけです。
神はいろいろなものに対するXではないでしょうか。
判りやすく言うと、樹海に迷い込んで絶望している人が、出口を見つけると
「神様のおかげだ」
といいます。
それは、出口にたどり着けた理由がわからない、つまりXだからで、神様のおかげで出口にたどり着けたと思うわけです。
もっと言えば、そう思う意外出口にたどり着けた理由がないのです。
しかし、実際はその人が運良く正しいルートを歩いただけなのはもちろんです。
もし、その人が樹海探検のプロで、しかっりとしたルートを歩き、出口にたどり着いても神様のおかげだとは思いません。
それはちゃんとした道を通り、出口にたどり着いた理由がはっきりしているからです。
ほかにもいろんな場面で神はXにたとえられます。
危篤のお父さんが助かった時とか、クルマがぶつかりそうになって思わず目をつぶって、目を開けたらぎりぎりぶつからなかった時とか・・・・
昔は雨ですら神様のおかげと思っていたのですから。
しかし、雨が何なのか解明されると、雨が降って神様のおかげだなんていう人はもうほとんどいません。
おそらく宇宙もいっしょです。
宇宙がどうしてできたのか解明されれば、宇宙は神が創ったなんていう人はいなくなるでしょう。
また、宗教に出てくる神というのはまったくの別物で、人が想像したものです。
時に、戦争目的に利用したりされますから、そちらは人間が私利私欲を満たすために考えられたものと考えていいでしょう。(個人的な信仰は別として)
特に理由があいまいなことに関して、神の命令と言うこともあります。
僕の考えはこんなところです。
最後に、僕は神の存在を否定していますが、神が存在するしない、と信じる信じないはまったくの別物だと思っています。
僕自身、神がいると信じています。いろんな意味で。
しかし、理論的な意味での存在は、ほぼ否定されていると考えたほうがいいでしょう。
でも、もしかしたら本当に宇宙は神が作ったのかもしれません、解明されるまで、そこはなぞの部分です。
そこはNASA職員に任せましょう。
長い文で申し訳ありません。
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s1n_zzさん
神は我々に不可知論であり無神論が生まれてもおかしくないほどの謎を残したと考える。
無の世界から生まれた奇跡を持つことから謎が多いとされる。
神話での創造主、カオスと呼ばれる(ギリシアの神)が色々な神格化を誕生させたと言うが。
これらは全て正論かどうか判断するのに不可知論であることが理解される。
だが神格化と呼ばれる存在が無ければ世界は存在することは不可能だと思われるがゆえに謎は深い。
神々の神格化は偉大であり、元になる神が実在されると思われることはおかしくない。だがそれが理解できたら解明されることになる。
我々が信仰する創造主の神はどうやって生まれたのか、色々な仮説が存在するがどれも定かではない。
人の思いは力となり世界を造ってしまうほどの力を持つものとも考えられる。
何者かがこの世界があることを望み誕生されるということも考えられるが、それらは神々が与えた力とも思われる。
神々は我々に感覚や視覚、匂い、声、知性や感情、生や死、夢や眠りから色々なものを与えてくれるものであると理解されてしまう。
それらを与えてくれた神々の力の元になるものはいったいなんであろうか。
存在しないものを創造するものにとって変化とは神格化にとっては重要視され、新たなる神格化を生み出すこともできる希望などである。
つまり、存在しないものを作ることができるとするなら、それは既に神々と呼んでもおかしくないと考えられる。
そのことから文明を作った人間も神ではないと考えられる。または人とは歴史の神ではないと思われる。
神々の中でも歴史の神格化は存在しておらず、そのために人や動物、昆虫、魚類、宇宙人は神々の中の存在とも思われる。
我々は歴史をつないでいることから、間違いなく地球の中での現在の神格化ともいえよう。
だが神とは世界や我々を作り出した創造主であり、神の子である人のことではない。
創造主とされている神は種類や名前が多いことから定かではない。
また人間の知識では理解する限界があるがゆえに不可知論だがそれすら定かではない。
いったいどの神格化が神であろうか、創造主とはどうやって生まれたのであろうか。
神格化の神論を参考にして最初に生まれた神格化を考える。
数億分の確立で誕生されたと思われるがゆえに創造主という確立が非常に高いために奇跡の神ではないかと思われる。
神格化の生むという原理は、神々を支配する神でない限り不可能がゆえに神格化の元になる神と同一視されると思われる。
奇跡の力、生命の力、変化と違いのもたらす力、想いや精神になる力。
これらは神々は創造にとって必要最低限の力であり、無ければ創造主にもなれないと思われる。
元の力はどうやって生まれたのであろうか、まさに不自然の神格化でもあり奇妙ともされるであろう。
では奇跡はどうやって生まれたのであろうか、そう考えてしまうとわからない。理解できないことそのものが神ではないだろうか。
時期に時間の神格化がされやがて大きな力となり、世界を創造したのではないかとも考えられる。
この先に生まれし神々の神格化は、時間の神と呼ばれたクロノスまたは創造主の神のみぞ知るものと考えられる。
変化と違いの神格化の力により、神々も姿形を変える力を変えると考えられる。
そのことから神話とは素晴らしい仮説ではないかと思われる。
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lo96969olさん
wax216さんの仰る目玉焼きの例は、創造論者が良く用いるレトリックですね。
実際には一京倍の一京倍の一京倍と言われるほどの星が宇宙中にあるわけです。
つまり、100回繰り返して偶然目玉焼きが出来なかったとしても、ものすごく長い時間をかけて膨大な回数(1000兆回でも100京回でも10垓回でも)試行すれば、目玉焼きは出来る=地球のような環境は必然的に生まれるとも考えられるわけです。もちろんほんとうに奇跡的な偶然で生まれたのかもしれません。それは分かりませんが、目玉焼きの例は宇宙に存在する「膨大な時間と回数」を無視しており全く役に立たないたとえ話である、と言う事は分かると思います。
さて質問者さんは神の存在は事実であると仮定した神学的な答えと、神は人間が作り出した物であるという宗教学的な答え、どちらを望んでいらっしゃるのでしょうか?
世界にある宗教の多く、特に古い物のほとんどが多神教であるという事実は、そしてその神々は災害などの自然現象に比されることが多いという事実は、それらがアニミズム、自然崇拝から出発していることを示していると思います。自然現象のことが全く解明されていなかった古代には、神のような遠い存在を想定することが人々に安心を与えたのかもしれませんね。また(非合理的)因果律という考え方でも説明できます。因果律とは結果には必ず何か原因があると考えること。非合理的因果律とは、実は無関係の物同士を結びつけてしまっていること。
人間だけでなく、多くの生き物は生き延びるために学習します。たとえば(A)赤いキノコを食べたらおなかを壊した、(B)切り株に腰掛けたら虫に刺された、(C)仲間をののしったらその仲間が雷に打たれた、などはすべて学習する価値のある出来事です。赤いキノコを食べるのはやめ、切り株には腰掛けないように、そして仲間を罵るのもやめようと学習する賢い個体が生き残れるのですから。
現代人は、前二者はそれぞれ原因と結果に合理的な因果関係があるかもしれないと考えるでしょうが、(C)はおそらく気のせいだろう考えます。しかし、昔の人はそれらのメカニズムを知らなかったので、区別がつかなかったのです。おまじないや祈りというのは、まさに(C)と同じ事で、現代の我々から見ればこれは非合理的因果律なのです。
人間以外にも、鳥のような知能の低い動物にも非合理的因果律を引き起こす学習能力があることは実験で観察されています。鳥もおまじないのようなことをするのです。これは進化行動学などの分野で研究されています。合理的であろうと非合理であろうと、因果律は生物が生存するための学習能力の基礎なのです。
あとたとえばヒンズー教と北欧神話とアステカ神話などは、戦争の正当化など似ているところもありますが、とうていルーツが同じとは思えないほど別物です。アステカ文明時代には北欧やインドと南アメリカは交流がなかったので、当然と言えば当然ですが。似ている点はアニミズムから出発していると考えれば自然に説明可能だと思います。
と、こういう感じで宗教や神の存在の必然性を説明できるんじゃないでしょうか。「我々が神を考え出す必然性」はあったと思います。たぶんニワトリが5000万年後に進化して高い知能を持ったとしても、やはり神を考え出すんじゃないでしょうか。そのとき「人間の神様」はどういう反応をするかちょっと楽しみです。
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paganini035さん
神が宇宙を創ったのなら神は誰が創ったのですか?
それとも神は永遠の存在ですか?
永遠なんてありえますか?
ありえないでしょう
神は人間が作り出したものです。
宇宙は無の揺らぎから生まれたと言われています。
すべては無から、僕達も無から生まれたのです。
やがて無に戻るでしょう
aditsjpさん
たくさんの神がいないと、多分、銀河宇宙の構成ができなかっただろうと思います。
またアンドロメダ銀河でも同じコトがあるとしたら、
それこそ星の数ほどの神がいないと、成り立たないということだと思います。
その中でだれがうまく★を育てられるかを競っているのではないでしょうか?
小神は恒星を中心とする惑星系までも担当し、中神は銀河単位を、
大神は全体を見ているとした仮説の場合。
「神が1人である」というのも、ある限定をつければ問題ありません。
そうです。太陽系を見ている神は1人です。
たぶんそんな感じだと思います。
で、物語。
似たような話になったのは、ホモサピエンスの移動に同じだと思います。
アフリカ起源の人類は、集団生活をしてゆくなかで、ある種のシステムを考えます。
自分たちの限界、自然現象がおこった理由、様々な問題が集団長に押し寄せてきたでしょう。
その人々からの突き上げを回避するために、神というシステムを導入していったのです。
これが人類の移動とともに世界に広がっていったのだと思えば、
世の伝承が似ていても不思議ではありません。
trexwondervideoさん
たいへん興味深い質問です。
私は、宗教には興味が無いのですが、
質問さんの仰る事も一理あると思います。
ただ、1つの物語から宗教が始まったと
考えたら、誰が翻訳したのだろうか?と疑問が
残ります。
私の考えは、単なる偶然によるものだと思いますよ。
イザナキ=アダム、イザナミ=エバ という考えでも
偶然です。すべての生命は男と女で始まります。
それは、どの国でも一緒ですよ。所詮、神という創造物
は人間が創ったものだから、神を創造する考えが、
どこの国でも同じになってしまったのでしょう。
知恵袋の質問でも、よく似た質問ばかりでしょう。
人間の考えるものなんて、どれも同じものばかりですよ。
質問さんの今の考えも、たぶん別の人が考えてますよ。
というわけで、神は何人でも存在します。(人間が考えた事ですから)
えっ具体的に?
人の煩悩の数だけですかねぇー(知恵袋の質問の数だけかも・・・)
eled_luinさん
>この地球は誰が作ったか?という質問に限定したいと思います。
ということであるならば、たまたま出来てしまったのですから「神は居る」けど「神の意思も自我も無い」というのが正解でしょう。
>異なる宗教間で、似たような神話があるということを考えると
今でもそうですが、人間の最大の脅威は自然です。過去ならばもっとなわけです。洪水神話はもっとも普遍的な神話です、他の話も大抵そうですね。自然現象を擬人化してるので当然のように共通項が多くなりがちです。もちろん融合も多いでしょうけどね。