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解決済みのQ&A

古代のローマ帝国の時代には、公衆浴場がたくさんあって、温泉につかるのが大衆の...

swgcysk020さん

古代のローマ帝国の時代には、公衆浴場がたくさんあって、温泉につかるのが大衆の娯楽であったのに、中世のヨーロッパではどうして風呂に入る習慣がなかったのですか。

  • 質問日時:
    2007/9/25 20:58:20
  • 解決日時:
    2007/10/1 08:27:12
  • 閲覧数:
    3,879
    回答数:
    4

ベストアンサーに選ばれた回答

rohikatarahariaさん

よく誤解されますがヨーロッパの人が風呂に入らなくなったのは中世ではなく近世です。
中世ヨーロッパの都市・農村には公衆浴場がけっこうありました。
たとえば中世のころのパリには三十近くの公衆浴場があったといいます。
蒸し風呂もあれば湯船に浸かる方式のものもあり、床屋のように髪やひげをそるサービスや瀉血のような簡単な治療も行われていました。

「われわれの祖先は、今日と同じくらい頻繁に入浴したし――しかもそれを実に楽しんだのである」(フランツ・イルジーグラー、アルノルト・ラゾッタ『中世のアウトサイダー』)
「中世都市や農民の庶民にとって、共同浴場は居酒屋と同様に共同生活の重要な中心をなしていた」(阿部謹也『中世を旅する人びと』)
等々、中世の人が共同浴場をよく利用していたことは間違いないといえるでしょう。
中世の人が風呂に入らないという誤解は、近世と勘違いしているか、ごく一部だけを見てそれを拡大解釈しているか、あいまいなイメージで語っているか、という理由に基づくものだと思われます。


ではなぜ近世になって公衆浴場が廃れたのかといえば、
・そのころ新しく梅毒が流行した
・周囲の木を切り倒したので燃料になる薪が不足した
・浴場は社交場だったため、しばしば反体制派の溜まり場になったので弾圧された
などの理由が考えられています。

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  • 編集日時:2007/9/27 00:12:32
  • 回答日時:2007/9/26 00:15:52

ベストアンサー以外の回答

(3件中1〜3件)

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krc3412さん

洗礼の時に掛けられた、水が流れてしまうのが嫌だったから。
と聞いた事が有ります。

y_m_022さん

赤の他人に裸をさらすのは公序良俗に反する、というキリスト教的思想の広がりのため。
もともとキリスト教はローマ帝政期に虐げられてますから(ネロとか)、当初の思想として、ローマ人の享楽的な文化の反対を行こう、という思いもあったかもしれません。ローマ人の風呂好きは有名ですからね。

それと、もうひとつ。
ローマ時代は上下水道が整備され、公衆衛生という観点では中世ヨーロッパよりはるかにレベルが上でした。
ローマ帝政期の遺跡には水洗トイレがあります……が、中世どころか近世の建築であるヴェルサイユ宮殿にトイレがないってのはけっこう有名な話。
そんな状況でしたので、公衆浴場は伝染病の温床になったのです。
想像してください……年中温かく、湿度が高い。そして人の垢などの栄養分が豊富……雑菌万歳!ってなモンでしょう。

banburiteさん

入浴は体の快に通じるので快楽に溺れるのでよろしくないという事になりました。
中世に列聖された聖人の中には生涯風呂に入らなかった方もいらしたようです。
また、その禁欲的な姿勢が賞賛されもしたようです。

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