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家紋、『銀杏紋』の詳細を教えてください。

nobel_prize_getさん

家紋、『銀杏紋』の詳細を教えてください。

銀杏紋に関する歴史ならどのような事でも構いません。
特に『三つ銀杏』系(三つ銀杏、丸に三つ銀杏)に関する情報お待ちしております。
宜しくお願いします。

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yellowshark1026さん

神社の境内には注連縄を張られている銀杏の大木の御神木があります。
昔の人は、この木に神霊が宿ると信じていました。
生命力も強く、長寿の木でもあり、銀杏紋はこの霊木にあやかった家紋です。
銀杏紋の形には一葉から十六葉まであり、普通は三銀杏紋が多いです。

公家の飛鳥井(あすかい/十六銀杏紋・八銀杏紋)、大名の間部(まなべ/三銀杏紋)、旗本では、清和源氏から出た大石(三銀杏紋・八銀杏紋)、岸(井筒内銀杏巴紋)、土方(三銀杏紋)、林(三銀杏紋)の諸氏。
藤原氏流では、小島、森、平岡、藤野、竹村、坪内氏などです。
http://www.mmjp.or.jp/tajimamori/sub51.htm

*剣銀杏紋
銀杏紋の中で、とくに剣のついた剣銀杏紋は珍しく、これは、三河国(愛知県)岡崎能見(のみ)郷の松応寺に見られます。
この寺には、松平広忠(1526~1549)の廟があり、広忠の子・徳川家康が造営したものです。
この廟に「剣銀杏紋」があって、「葵紋」がないのはどうしたものか、昔から疑問がありました。
それに対して、「日本紋章学」の著書・沼田頼輔氏は、「葵紋」は松平氏の紋で、徳川氏の紋はもともと「銀杏紋」ではなかったからではないか、と述べています。
徳川氏が「葵紋」を用いたのは三河国入国以後だから、その前は、「剣銀杏」だったかも知れません。
http://www2.harimaya.com/aoi/kamon.html

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bkfhideさん

武蔵の国では大石氏などが銀杏紋を使うようです、徳川家康も松平になる前は銀杏紋を使ったという説もあります。
家紋は平安時代などには貴族が牛車などにつけていたのが始めです、戦国になると敵味方を区別するために旗指物などに使いました。
平和な時代になると庶民には名字を禁止しますが、家紋屋号などは問題ありませんでした、字の読めない庶民は家紋で参勤交代の殿様を区別したそうです。
実際には家紋は名字と並んで先祖を辿る有用なアイテムですが現実はかなり難しいようです。
尚、名字は禁止された後にも実際は存在していました、神社仏閣の寄附帳などには残っています、明治になってから庶民は持ったというのは一部を除けば真実では有りません。

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