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夏休みの宿題で人権問題についての作文が出ています。そこで自分は差別の問題をテ...

mustdreaming510さん

夏休みの宿題で人権問題についての作文が出ています。そこで自分は差別の問題をテーマにしたのですが、差別って言ってもいろいろありますよね。黒人差別や障害者差別など、いろいろな差別の種類を教えてください。

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respondent_of_wisdomさん

大別して
・種類(生物学的な区分)
・個体差(先天的もしくは後天的な障害など
・身分(生まれた環境など)
の3つに分けられるのではないでしょうか。

それぞれにいろんな具体的な「○○差別」がぶら下がるんだと思います。

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tomo_corn1さん

↓原稿用紙5枚です。ちょっと長いですが・・・。がんばってくださいね。

平等だ、人権だ、なんていうけれど、私はそんなものは関係ないと思う。歴史上、絶対王権の時代があったおかげで市民たちから人権という思想が生まれたわけであって、もともと人間は人権なんて考えなしに平和に暮らしていた。お互いを当たり前に認め合っていた。今、人権なんていうけれど、それは人間として最も基本的な本質とも言うべき神髄である認め合いの精神を「人としての権利」だなんて堅苦しく理屈っぽい言葉で枠づくってしまっているだけのものだと私は考えるのである。
私は、人権という言葉はないほうがいいと思う。なぜなら、「人権を認め合おう」などと言ってもしっくりこないからである。「あなたの人権を認めます」と言っても何も解決しないからである。また子どもが「なぜいじめはいけないの」と尋ねたとして、大人が「人権があるから」という答えるのは無責任すぎるからである。もし人権という言葉がなかったとしたら、人権の定義はどんな言葉に言い換えられるだろうか。私は、命の重さは無条件に全て等しい、という風に言い換えられるのではないかと考える。私たちが意識していかなければいけないのはそこだと思う。1人ひとりの人間の存在において、どちらが勝っている、どちらが劣っているという概念はありえないということだ。どんな国に住む人も、どんな仕事をする人も、罪人もしくは善人と呼ばれる人も、子ども老人も、障害者も健康な人も、どれかが軽い命、どれかが重い命などありえない。ふと考えてみると、案外単純なことなのではないだろうか。人間が1人の人間として生まれた瞬間、いったい何が違っているだろう。生まれたての赤ん坊は知っているだろう、全ての人間は、同じように幸せになることができるし、意見が尊重されなければいけないということを、そして、全ての人は全ての人に愛されることができるということを。私は人権をそんなものだと考えている。
人権は、今は憲法上、法律上としての意味の捉え方の方が大きいと感じる。でも、本当は人権というのはもっと初歩的なことであって、全ての人間が常に思考の根底に置いておかなければならないものなのであると考える。それが世界の常識となったとき初めて、本当に人間が"生きる"とが出来るのではないだろうか。それが正しいことなのかは私にはまだ分からない。しかし、私はそんな世界、どんな人とも笑顔で話せて、1人1人が世界を支えているような世界がいつか創造されることを絶えず願っている。そして、私にはその世界が人間の目指すべき未来だと考えるのだ。
人間とは弱い生き物だから、すぐに自分が他人の上に立ちたがる。他人を蔑むことによって自分の満足を得ようとする。その思想は、自我が芽生え成長するにつれてだんだんと大きくなりさえする、人間らしいものなのかもしれない。でも、誰でもこれだけは分かっていてほしい。どんなに偉くなっても、人に敬われても、結局は1人の人間としてみんな同じなのだということを。自分が他人より勝っているという考えがどんなにばからしいかということを。自分が、無力で欲深い人間という集合体のたった1つだということをときどき思い出してほしい。
私は日本という比較的物資に豊んだ国に生まれた。私たちは同じように勉強できるし、同じように食事できるし、同じように扱われる。でも、世界中、または身近にさえも、差別されて同等の扱いをうけれなかったり、1人の欲望のためにいわゆる人としての権利が侵害されている人が大勢いるのだ。私たちはそのことを忘れないで、それはおかしいことなのだということを訴え続けなければならない。そしていつか、もう人権なんていう言葉が要らなくなるくらい1人1人の存在が当たり前のように貴重とされる社会になればいいと思う。
人権という言葉が無くなって欲しい。なぜなら、人権という言葉が有るうちは人権はまだまだ不完全で、命令として示さない限り守り得ないということであるからだ。命の重さは無条件に全て等しいという考え方が本当に人間の根底に植え付いたとき、人権という言葉は必要無くなると思う。全ての命の重さは、言葉ではとても言い表せないほど重いものなのである。

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