解決済みの質問
日本で「同一表記の市は作れない」という規制は撤廃されたのですか? 「府中市」...
日本で「同一表記の市は作れない」という規制は撤廃されたのですか?
「府中市」という名称の市が東京都と広島県にありますが、同一表記の市は作れないのではないんですか?
かつて、埼玉県東松山市が市制を施行する時、松山市を名乗りたかったけど愛媛県松山市が存在するから「東松山市」にしたという有名なエピソードがあります。
東京都の「東大和市」(神奈川県大和市が存在する)や「東村山市」(山形県村山市が存在する)、東久留米市(福岡県久留米市が存在する)なども同様の理由であると聞いたことがあります。
現在、2つの府中市が存在する以上、今は同一表記の市でも可能ということなのでしょうが、
もともと「同一表記の市は作れない」などという決まりなど無かったのでしょうか?
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- 質問日時:
- 2008/8/24 18:28:13
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- 解決日時:
- 2008/9/8 04:04:16
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- 回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答
同一名称の市が存在する(した)例は、過去を含め3組だけあります。
①若松市…福島県(1899年市制、1955年会津若松市に改称)と福岡県(1914年市制、1963年北九州市発足により消滅)
②府中市…広島県(1954年3月31日市制)と東京都(1954年4月1日市制)
③伊達市…北海道(1972年市制)と福島県(2006年市制)
(字は異なるが読みが同じ市名なら現在10組あり。また『八幡市』『守山市』はそれぞれ2ヶ所に登場したが同時には存在していません)
同一市名は回避すべしという法律の規定は昔も今もありません。地方自治法にもそのような条文はありません。
ただ1970年に自治省(現総務省)が出した通達があって、
「新たに市となる普通地方公共団体の名称は、既存の市の名称と同一となり、または類似することとならないよう十分配慮すること」(昭和45年3月12日自治振興策第32条自治事務次官通知)
とあります。
これは法的効力のない監督官庁の通達なのですが、事実上強い拘束力を持っていましたし、実際に自治体が既存の市と同一の市名を名乗ることを申請しても、自治省・総務省は許可しませんでした。2006年に2番目の伊達市が誕生するまでは。
若松市の場合、後に市制を施行した福岡の方がなぜ「若松市」で受理されたのか、よくわかりません。多分かかる事態を想定した法規が無かったのでしょう。
同名の若松市が二つ存在したため実害も生じました。特に郵便物は日に数十通単位で誤配があったといいます。郵便番号の導入前でしたし、県名も福島と福岡で紛らわしかったことも一因でしょう。結局は先に市制をしいた福島の方が1955年に「会津若松市」と改称し、混同を回避することになりました。福岡県若松市は北九州市発足により消滅(同市若松区となる)しましたが、会津若松市は再改称することなく現在に至ります。
1954年、わずか一日違いで広島県と東京都に「府中市」が誕生します。ほぼ同時となったのは単なる偶然ではなく、府中市の名を我がものにせんと両者が激しく先行争いを行なった結果でした。一方を立てるわけにもいかず調整に苦慮した自治省は、二つの「府中市」を認めざるを得なくなります。そしてこの市名争奪戦が、後続の事例に尾を引くことになりました。
二つの府中市が誕生した同年の7月、埼玉県の松山町ほか4村が合併して市制を施行し、新市名を「松山市」とする旨決議します。既に先行事例として二つの「若松市」「府中市」が存在しているから、愛媛県と同名の松山市でも構わないだろう、という理由でした。
しかし自治省はこの案を認可しませんでした。ここで自治省の「同一市名は認めない」という方針が明確になります。
自治省とすれば、2例だけの既成事実を盾に、全国至る所にに同名の市が幾つも出来てはかなわないという意識があったでしょう。実際に二つの若松市の間で様々な不都合が生じていることも知っていましたし。
結局新市名は「東松山市」で決着し、以後同様の命名法による重複市名の回避が図られるようになります。
1970年の通達は、この基本方針を明文化したものと考えてよいでしょう。
このような自治省・総務省の従来の姿勢を考えると、2006年、北海道伊達市と同名の「福島県伊達市」が誕生したのは画期的なことでした。
「平成の大合併」の際、新自治体はどこも新たな名称の選定に苦慮しました。名称をめぐり合併自体がご破算になる例もありましたから、総務省の姿勢も柔軟になってきたようです。
福島県伊達市のHPに、市名決定に至る合併協議会と総務省との興味深いやり取りが掲載されています。
1970年通達の解釈について、総務省は
「名称をめぐって既存市との間に混乱があっては困る。距離等も一つの判断基準、だが一番大事なのは当事者間に違和感がないということ」
と述べ、さらに協議会側から「混乱とは具体的にどういうことか」と問われると
「既存の市から異議が出ないということ。相手方との意思疎通を十分に取ること」
と答えたとのことです。
これを受け福島の協議会は北海道伊達市を訪問、同市幹部の了解を取り付けた上で新市名を「伊達市」に決定した由。
両者は奥州伊達家という共通の歴史背景を持っていたため、北海道側も寛大だったようです。
円満に成立した伊達市と対照的なのが、沖縄県にもう少しでできそうだった「宮古市」。
沖縄の合併協議会は新市名を「宮古市」に決定しましたが、岩手県宮古市から事前の相談が無いと見直しを求められます。住民アンケートで「宮古市」「宮古島市」のいずれがよいか問うた結果、「宮古島市」が多数になりました。岩手側の反発が住民の意識に影響を及ぼしたといえそうです。
以上のことから、ご質問への回答としては、「元々同名の市名を禁止する法律は無いが、国は混乱防止のため同一市名の採用は避けるよう求めている。ただし距離が相応に離れていて、既存の市がOKすれば、同一市名を付けることも可能」ということになると思います。
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- 回答日時:2008/8/25 03:20:47
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ベストアンサー以外の回答
(1件中1〜1件)
混同しないために避けるのが一般的なだけで、決まりはありません。
北海道の「北広島市」も、元は広島からの入植者の町、
「広島町」でしたが、「広島市」との混同を避けました。
沖縄県の「平良市」は、合併で「宮古市」になる事が決まってましたが、
岩手県の「宮古市」が猛反発し、結局「宮古島市」に落ち着きました。
ただ、北海道に「伊達市」があったのに、
福島の伊達郡がそのまま「伊達市」に出来たのは、
「伊達」の由来が、福島の方が先であり、そもそも北海道の「伊達市」が
仙台藩からの入植者で出来た町だったからです。
いうなれば、北海道伊達市が、本家に譲歩した形でしょうね。
また、福島の「会津若松市」は、旧来「若松町」でした。
後から出来た、福岡の「若松町」が先に市制施行して
「若松市」になってしまったため、
福島県「会津若松市」となりました。
その後、福岡の「若松市」が、「北九州市若松区」となり消滅しましたが、
「会津若松」はそのままです。
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- 編集日時:2008/8/24 22:58:51
- 回答日時:2008/8/24 22:57:16

