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赤とんぼの歌詞解釈 大学の先生の研究授業を見学したのですが(音楽 赤とんぼ)、2...
赤とんぼの歌詞解釈
大学の先生の研究授業を見学したのですが(音楽 赤とんぼ)、2番の歌詞
山の畑の桑の実を
小籠に摘んだは幻か
の解釈を『幻かと思うほど作詞者にとって素敵な思い出だった』
と説明されていました。
幻とは「実際にはないもの」だと思うので、この解釈はわかりません。
でも「今はないのにあるように見えるもの」という意味もあるようなので、そう考えると、『今はもうないけど、まだあの頃の様子が見えるほどいい思い出』ともとれるのでしょうか?
どう思われますか?
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- 質問日時:
- 2008/9/4 22:11:41
- ケータイからの投稿
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- 解決日時:
- 2008/9/19 04:00:24
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ベストアンサーに選ばれた回答
解釈というか・・・・・・実際に作詞者のコメントがあるので、ご紹介します。
『作詞者の言葉』
この私の作は実感でありまして、私のことであります。
私が極めて幼いころに、私の母が子守娘を頼んでおきました。
その子守娘のことを「姐や」と申すのであります。
静かに姐やが私を負うて、飛んでいる赤とんぼを見ます。
赤とんぼは、つうい、つういと飛んでおりました。
私の故郷の裏の山の畑に桑の木がありまして、その桑の木に実をならします。
そこへ行きまして、姐やがその実をとって小籠に入れたりしました。
思い出でありますので、もうそのことは幻のようになったというのであります。
(「1953年 埼玉県立熊谷高等学校での講演」より)
以上、教育芸術社発行の
『中学生の音楽1』(中学1年生用の教科書)に載ってました。
ですので。
『幻かと思うほど作詞者にとって素敵な思い出だった』
で間違いないかと思いますが。
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- 回答日時:2008/9/4 22:26:16
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