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なぜ神社にてお賽銭を投げるのか??

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質問者

teer000さん

2009/6/811:10:17

なぜ神社にてお賽銭を投げるのか??

初詣客で混み合う状態をテレビで見ることがありますが
一つ疑問に感じました。それは、神社にお賽銭(お金)を投げ込む
行為です。
神様にしてみれば、家にやって来た人が突然お金を投げ込んだと思ったら
「今年一年、良い事がありますように」
と言って去って行く感じでしょうか?

お賽銭を投げた人の目線で考えると
投げた金額が多いほど願いが叶うだろうと考えますが

自分が神様の視点で考えてみると
お賽銭(お金)を投げる行為そのものが問題で、
願いなど論外な気がします。 何よりもお金を投げるなど無礼だと感じます。

「まあ、そんなに神様は気が小さくないよ」と言われればそれまでですが・・・

私の場合、初詣に行く時には半紙にお金を包んで奉納します。
決して投げたりしません。

長文になりましたが、質問は以下の通りです。

① なぜ神社に、お賽銭を投げる方法が一般化したのか??

② あなたは、お賽銭を投げて奉納派 or 半紙に包んで奉納派??

以上の内容です。回答よろしくお願いします。

閲覧数:
49,428
回答数:
4
お礼:
50枚

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ベストアンサーに選ばれた回答

2009/6/811:57:36

①についての回答です。

まず、お賽銭は願いが成就した感謝の印として、神様や仏様へ供えるお金を指します。
これに祈願の意味を込めて供えるものも含まれるようになっていきました。これが初詣などで供えられるお賽銭ですね。
本来は感謝するために寺社に詣っていたのが、いつのまにか『御利益をいただくために「賽銭」を供える』という商取引のように考える人が多くなり、それが現在に至っているというわけです。

もともとはお金ではなく、珍しい物や大切なものを供えました。金や銀、お米などです。中でもお米が多く供えられ散米と呼ばれていました。貨幣が出来て一般に流通しだすと、散米より貨幣が使われるようになり、散銭と呼ばれるようになりました。
散銭は賽銭に文字が変わり、9世紀頃には中国では仏様へお賽銭を供える風習が一般化していったと言われています。

日本では貨幣経済が本格化したのが中国より遅く、室町時代頃と言われています。
また貨幣経済の影響は、時代と共に本来の感謝から、御利益を取引的に考える人を増やしていきました。

喜捨の心と言う「清らかな心で喜んで自分の持てる力を捨て見返りを求めない」気持ちを具現化したものがお賽銭と言われます。お金=力を捨てるという意味合いになりますね。
賽の字には「むくいまつる」と言う意味があります。
仏様や神様から授かった御利益に対して、お礼の参りに際してお金を供えることです。

元々は仏教が取り入れたものですが、お賽銭は人々が集まり祈る場所(お寺)を維持するのに役立ちます。
これを言い方は悪いですが神道も取り入れ神社の維持に役だてていったのです。

本来は仏様に対しての感謝の意味で「奉納」していたものが、奉納する側、される側、双方に人間が入ってきた事によって現在では本当の意味でのお賽銭を奉納している人は極めて少なくなったと言えます。

以上の状況から投げて奉納しても包んで奉納しても商取引であるから同じと言う考えが定着してしまったのです。


②についてですが以上のような経緯を知ってしまった私は「奉納しない」派です。(゜ー゜;)

乱文失礼致しましたm(__)m

質問した人からのコメント

2009/6/13 16:39:07

成功 詳しい説明ありがとうございました。

回答下さいました皆様もありがとうございました。

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fhszsnさん

2009/6/1311:35:56

「地獄の沙汰も金次第」と申します・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あっ、あれは仏教ですかね。

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woinarisamaさん

2009/6/821:11:42

①古代では神様の食事(みけ)を奉納していたそうです。神様は一日2回食事をしますから、その食材(米、酒、魚、貝、昆布など)を奉納していました。しかし食材の奉納は、扱いが大変です。そこで玉串奉納という習慣が考案されます。もともと玉串奉納という儀式はあったらしいのですが、これを一般化させます。貨幣経済の発展により、玉串から金銭となりました。
②投げて奉納派です。
_
質問者様は神様の気持ちになってよく状況が飲み込めていると思います。
御指摘の通り、神様にとっては人間が作った何ら価値の無い金銭を投げてきてお願い事をする。びっくりします。
神様に金銭の価値観はありません。よって賽銭は神社の維持管理費用であって、神様に対するものではありません。玉串は神様に奉納していて、その代わりに金銭を投げるのだから金銭も神様に対する物の筈です。ですが金銭を投げる習慣が始まって以来、「願い事をする対価」とされる向きがあり、これを神社神道は否定します。
賽銭は神様に対して投げているのではないのですから、投げても半紙に包んでも、あまり気にしなくていい。
だから賽銭を多く投げたからといって願い事が多く叶う訳ではありません。
ただし、神様は賽銭は要求しておりませんが、祭る事は要求しています。祭りに参加する事は重要なんです。

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marq_b4さん

2009/6/816:35:57

投げ入れるのはお金にケガレを託して、払う意味があるみたいです。
流し雛とかと似たような考えもあるみたいです。

私は投げ入れ派ですけどね。神社は普段からよくお参りに行くので、いちいち半紙に包むのは大変ですよ。ふらっと出掛けた先に神社あればお参りするし。神様とは普段から仲良くしておいた方がいいから。
年一回しか来ない人と普段から付き合いある人ではどっちが好印象なのかは普通に考えればわかります。

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