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浜松城天守閣について

isbn978_4_915512_66_7さん

浜松城天守閣について

先ほど、あるテレビ番組で
浜松城天守閣を
”地上4階地下1階”(地上3階?だったかもしれません)
と紹介していました。

私は浜松城を訪れたことがないのですが
この”地下1階”というのは
・石垣内部に存在するもの
・石垣部分より下に存在するもの

いずれでしょうか?


現代の階数を表記する場合
地上、地下の区分は地面(地盤面)が基準になると思います。

通常、地面(地盤面)の上に石垣は築かれていると思いますが
石垣内部はどのように表記することが多いのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

masamiinさん

すみません、前の方へ。
「穴熊式」じゃなくて「穴蔵式(あなぐらしき)」です。

ちなみに城の建物で「地下一階」というのは、
基本的に質問者さんの仰る「石垣内部に存在するもの」を指します。
浜松城天守に限らずどこの城の何の建物でもそうです。

質問した人からのコメント

  • 成功お二方とも回答ありがとうございました。

    城の階層表示では
    石垣内部は”地下”と表示するのが慣習になっているのですね。

    何故 なのかがわかりませんが。

    どうして”地下”なの・・・・・?
  • コメント日時:2009/6/18 00:27:44

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ベストアンサー以外の回答

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i_bureさん

浜松城天守閣は、

天守構造 不明
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E6%9D%BE%E5%9F%8E

ということで、当時の構造はよく解っていないみたいですね。
現在の天守閣は、

模擬天守
鉄筋コンクリート造模擬・1958年

http://www.hamamatsu-navi.jp/shiro/guide/index.html

ということで、3階建のようですね。ただ石垣は当時のままだったら、写真を見る限り当時も3層構造のような感じがします。模擬天守ではなく、復興天守じゃないですかね。

で、肝心の

> 石垣内部はどのように表記することが多いのでしょうか?

という質問ですが、

・穴熊式天守台

といったりします。浜松城の穴熊には井戸があったようですね。
穴熊から天守に登っていく場合もあったりしますね。

・連立式3重3階地下1階

ともいったりします。詳しくは、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%AE%88

というホームページもありますので、ご覧ください。

では、では。

【追記】

いや、はずかしー。そそ、

「穴蔵形式」

でした。穴熊ってそれ将棋やん。
御指摘感謝します。誤記でした。ちなみに、

・犬山城
・福知山城
・岐阜城

等が「穴蔵形式」をもつ天守台となります。天守としては発展期の築城様式と一般には言われているそうです。

では、では。

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  • 編集日時:2009/6/15 16:12:33
  • 回答日時:2009/6/13 22:03:03

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