解決済みの質問

日清戦争において、なぜ日本はいきなり朝鮮を支配しようとしたのですか?
kamchatlalilyさん
日清戦争において、なぜ日本はいきなり朝鮮を支配しようとしたのですか?
日清戦争の動機は朝鮮を独立させることで近代化を促進させ、朝鮮に日本に対する塀の役割を務めさせることですよね?
ですが、それに対して日本は後々支配するために朝鮮を日本の支配下に置こうとしたとか、日本の影響下に置く事で朝鮮での権限を増やそうとしたとする人がいます。
まあ、それに対しては、なぜ日清戦争直後に日朝併合を行わなかったんだ、とか下関条約はどうした、とか色々言いたい事がありますが、それは前に何度か質問したので置いといて、なぜ日本は朝鮮を支配下に置こうともくろんだのですか?
のちに日韓併合を行った理由は、ロシアや他の国に対する防御壁にするため。日中戦争の原因は世界恐慌が切っ掛けとなったため。これらのように現代において歴史問題として取り扱われる事柄は、すべて当時の日本の情勢が背景にあります。
ならば、日清戦争において日本が朝鮮での権限を得ようとしたのならば、その背景には何があったのですか?
開国をして、大政奉還を行い、文明開化で近代化を進めたばかりの日本に何があったというのですか?国際社会に加わり始めたばかりの日本に何があったというのですか?鎖国を行って他国から身を守り続けてきた国が開国後いきなり侵略国家になった裏には何があるのですか?教えてください。
- 補足
- >bpcbj848さん
いやぁ、私としてはすでに結論を出していても、他の人は他の人で違った結論を出していますからねぇ。
他の人がどのような考えを抱いてそのような結論を出しているかがこの質問の目的なので、私自身が納得するしないなんて気にする必要ないですよ。
ま、真っ当な日本人なら私の質問の意図もわかるでしょうが、わからない人もいるようなので念のために補足する事にします。
皆さんも、どしどしと回答くださいねv(^0^)v
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ベストアンサーに選ばれた回答
coolkazuchanさん
ほとんど、動かしがたい結論がでてますよ。
なんか、もって回ったような質問ですが。
ただ一言・・・「帝国主義の時代」だったからですよ。
アヘン戦争の結果に愕然とし、列強の押し付けた不平等条約に苦しみ、予算も潤沢でないのに多くの西洋人を招き、多くの軍人・学者・官吏を留学させました。
当然、列強の植民地の悲惨さと、植民地から収奪した列強の富強が、目に入らないわけはない。
例えば、福澤諭吉の脱亜論は、早くも明治18年(1885年)3月16日、「時事新報」紙上に掲載されてます。
Wikiより
まず、執筆者は交通手段の発達による西洋文明の伝播を「文明は猶麻疹の流行の如し」と表現する。それに対し、これを防ぐのではなく「其蔓延を助け、国民をして早く其気風に浴せしむる」ことこそが重要であると唱える。 その点において日本は文明化を受け入れ、「独リ日本の旧套を脱したるのみならず、亜細亜全洲の中に在て新に一機軸を出し」、アジア的価値観から抜け出した、つまり脱亜を果たした唯一の国だと評する。
その上で、「不幸なるは近隣に国あり」として、支那(清)と朝鮮(李氏朝鮮)を挙げ、両者が近代化を拒否して儒教など旧態依然とした体制にのみ汲々とする点を指摘し「今の文明東漸の風潮に際し、迚も其独立を維持するの道ある可らず」と論じる。 そして、甲申政変を念頭に置きつつ両国に志士が出て明治維新のように政治体制を変革できればよいが、そうでなければ両国は「今より数年を出でずして亡国と為り」、西洋諸国に分割されてしまうだろう、と予測する。
その上で、甲申政変における清軍の市民への乱暴狼藉を暗に挙げ、このままでは西洋人は清・朝鮮両国と日本を同一視してしまうだろう、間接的ではあるが外交に支障が少なからず出ている事は「我日本国の一大不幸」であると危惧する。 そして、「悪友を親しむ者は共に悪名を免かる可らず。我は心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」といい、東アジアの悪友とは縁を切って近代化を進めて行くことが望ましいと結んでいる。
彼は朝鮮を侵略しろとまでは述べてないが、こうした認識は一般的になっており、その上で清国、朝鮮を見下し、蔑視する風潮の上に、植民地化へと舵を切ったことは、帝国主義諸列強に習ったことに他ならない。
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ベストアンサー以外の回答
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bpcbj848さん
自分で既に結論を勝手に出していて、人の意見を聞かないような態度の質問にまともに答えるのはバカバカしい。まともに聞く気がないなら質問するんじゃねぇよ!
馬鹿に回答しても納得しないだろうが、一応、回答しておこう。朝鮮を独立させる気があったのかどうかがそもそも怪しい。伊藤博文は独立派だったと言われているが、日本は当時は独裁国家ではなく、多様な考え方が政府内に存在していた。なので、一方的見解を持ってして「独立を目指していた」とする前提が間違っている。また、当時の政界情勢を考えれば、日清戦争に勝ったからと言って、即座に朝鮮併合などできるほど、日本の世界的な地位は高くなかったことくらい分かるはず。地位が高くないので「独立」とか言って侵略目的を覆い隠していた可能性がある。
西郷隆盛が敗れて下野した「征韓論」は、日清戦争のずっと前だし、その後の朝鮮半島付近で攻撃を受けたことなどを積み重ねれば、日本に侵略目的は「最初からなかった」とするのは無理がありすぎる。その無理を最初から「無理ではない」と言い張る馬鹿に対して言っても無駄だと思うけどね!分かりますか?日本語?馬鹿は分からんか・・・
質問した人からのコメント
もし日清戦争における
とりあえず、bpcb
「征」服じゃなくて鎖