ここから本文です

ジョージ・フォアマンがマイケル・モーラーをKOし世界王者に返り咲いた時、日本で...

bz_boxingさん

2009/11/1121:40:32

ジョージ・フォアマンがマイケル・モーラーをKOし世界王者に返り咲いた時、日本でも話題になりましたか?

閲覧数:
987
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

nana_888555さん

編集あり2009/11/1204:36:57

ボクシングの事はよくわかりませんが、

多分、すごい話題になったと思います。

ジョージ・フォアマン(1949年1月生まれ)は、1994年のこの日、WBA(世界ボクシング協会)とIBF(国際ボクシング連盟)王者のマイケル・モーラー(26)に挑戦、戦前の圧倒的不利の予想を覆して10ラウンドKO勝ちし、王座を奪った。この時、フォアマンは実に45歳。異例の史上最年長チャンピオンとなった。

いまジョージ・フォアマンと聞いて「ボクシングの世界ヘビー級王者になったフォアマンか」と思い浮かぶ人は、どのくらいいるだろうか。

60年代中頃、ヘビー級にカシアス・クレイ(モハメド・アリ)が登場して以来、ジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマンと続く3人が活躍した70年代は、ボクシングの黄金時代といえる時期だった。

WBC(世界ボクシング評議会)のへビー級歴代王者をみると、初代のソニー・リストン、2代カシアス・クレイ(モハメド・アリ)、3代ジョー・フレージャー、4代ジョージ・フォアマン、5代モハメド・アリ(2期目)と続く。

モハメド・アリは「蝶のように舞い、蜂のように刺す」といわれた華麗なステップと抜群の運動神経で一世を風靡(ふうび)した不世出のプロボクサーとして、いまや伝説と化した感がある。ジョー・フレージャーは「人間機関車」と呼ばれ、驚異のスタミナと強打を誇り、モハメド・アリをプロボクサーとして初めて破ったことで記憶される。ジョージ・フォアマンは「象をも倒す」いわれた強烈なパンチ力を誇った。

モハメド・アリとジョージ・フォアマンの対決で名高いのが1974年、ザイールの首都で行われた“キンシャサの奇跡”と呼ばれる世界タイトルマッチだ。

当時無敗のチャンピオンで実力もダントツとみられていたフォアマンは、3度目の防衛戦となったこの試合で、アリの頭脳的な戦法に体力を消耗、8ラウンドにノックアウト負けを喫し、王座から転落した。

7年半ぶり、“奇跡の返り咲き”を果たしたアリは、カシアス・クレイと呼ばれていた60年代後半の世界チャンピオンの時に、ベトナム戦争で徴兵されると、「ベトコンにうらみはない」として徴兵を拒否。67年にWBA王座をはく奪された。アリの徴兵拒否は、アメリカ国内のみならず世界的にも賛否両論を巻き起こした。当時のアリは無類の強さを誇ったが、莫大な稼ぎを捨てても自らの心情に忠実に生きることを貫いたとアリの行動を称賛する賛成派と、祖国・アメリカへの忠誠心がないと攻撃する批判派に世論は割れ、大きな話題となった。

一方、予想外の敗北を喫したフォアマンは77年、引退して宣教師をしていたが、87年、青少年更生の資金を稼ぐため現役に復帰した。

“キンシャサの奇跡”から20年後、フォアマンはマイケル・モーラーを破り、王座に復活したことはすでに述べた。フォアマンは、青少年の更生に取り組む社会活動と、生涯成績81戦76勝というすばらしい勝率から“ビッグ”という愛称で親しまれているという。(白)

この質問は投票によってベストアンサーに選ばれました!

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問や知恵ノートは選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。