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特攻隊の生き残り・・・

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質問者

tinkarbellnaoさん

2010/2/319:47:56

特攻隊の生き残り・・・

昔特攻隊の生き残りと言っていた演歌歌手が居ましたが・・・

以前友人の友人と話していると「俺のじいちゃん特攻隊の生き残りなんだぜ」

と偉そうに言っていたので「それはお祖母ちゃん苦労したでしょ」

と言うとキョトンとしていました

詳しく聞くと祖父も祖母も彼が生まれる前に他界しており

直接聞いた話ではないらしいです

私は昔「特攻隊は「死ぬ」事が任務だから、生き残ると周りから白い目で見られた」

と聞いた覚えがあります

うろ覚えでは特攻隊には全員特攻したのを見届け帰還し報告する係りの人もおり

その方はとても苦労されたと聞きます

実際はどうだったのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2010/2/320:18:08

私の伯父が特攻隊員でした。
出撃の途中エンジンの調子が悪くなり帰還。
2度目は前日に爆撃を受けて機が破壊され中止。

3度目を待つうちに終戦。

出撃途中で飛行機の調子が悪くなりかえってくる兵隊が数多くいたそうです。
戦後はそういうことも無く、普通に生活してました。

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cage1120taleさん

編集あり2010/2/712:55:41

下のonlyさんの回答には間違いがあります。
鶴田は整備兵だったとの俗説が真実の様に語られていますが、実際は鶴田は戦争には従軍すらしていません。
鶴田は生まれた場所も素性も一生封印して生きなければならない根無し草人生だった為、人生すべて演じなければならない苦悩がありました。
そんな鶴田に『雲ながるる果てに』の映画で張る根を持ったと言う事です。
街のサンドイッチマンも特攻くずれの歌になります。

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gemba_kunさん

2010/2/412:32:04

生き残りが辛いのは、特攻隊だけではありませんよ。
普通の兵士だって、「なぜ生きて帰ってきた!」なんて平気で言われたそうです。

ただし、特攻の場合は「軍神」なんて強制して崇めていたので、戦後の自由社会では死んだ特攻隊の奴らの遺族まで石を投げられたり、就職が出来なかったり苦労したそうです。
特攻第一号と云われる、関某の母親なんて「軍神の母」なんていわれて村で鳥居まで作られたのが壊され、どこにも雇ってもらえず、草もちの行商をして最後は野垂れ死にです。

特攻隊が家族を守った、なんて話が、いかにクダラナイ作り話か理解できると思いますね。

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2010/2/322:02:13

演歌歌手とは、俳優の鶴田浩二のことかしら。実際、彼は海軍の整備兵であっても特攻隊員ではありませんでした。では本当に特攻隊の生き残りが白眼視されていたのであれば、なぜ彼はそんな嫌われ役を演じたのでしょうか。私の義父は、戦時中の子ども時代、特攻隊員と知り合いでしたが、失敗しても肩身が狭いどころか、ふんぞり返っていたと証言しております。したがって、ご質問のような話は、戦後作られたアンチ日本軍のイメージだと考えています。なるほど、なかには“白い目で見られた”と証言する生き残りのお爺さんもいます。しかし人間、何十年も経てば価値観の変わるお人もおいででしょう。自分は軍国主義者ではなかった、というアリバイ作りのような気がしてなりません

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suruya_fukuさん

2010/2/321:20:42

高校時代、英語のリーダーの先生が「特攻崩れ」でした。
「特攻崩れ」って言葉があったんですよね。

当然死ぬつもりでいたから、生きることなんか考えてなかった。
飛行訓練でも、お前らに着陸は必要ないから勝手に降りて来いって言われた。
それが突然、生きなければならなくなっちゃった。
もちろん生きる目標なんかありません。

さて、突然生きなければならなくなっちゃったけど、どうしていいか分からない。
昨日までは神様だったのが、一夜明けたら無駄な戦争に特攻を志願した馬鹿・・・!!
そんなことからグレてしまった隊員が少なくないと言います。

私の先生はベランメエな英語を教えてくれました・・・(笑)
それと半分は戦争の話でしたね。
特攻に話を向けると、授業が反戦授業になっちゃう。
先生も志願したわけじゃなくって、いつの間にか志願したことにされちゃったそうです。


ドイツでは、ヒトラー・ユーゲントから生え抜きのナチ軍人になった兵士は平和な社会で生きる術を知らないので、そうした人の多くはフランス外人部隊に志願し、ベトナム戦争の主力になっていました。
ベトナム戦争当時、ベトミンの根拠地に突撃する前にはホルスト・ベッセルが歌われていたと柘植さんの本にもあります。

戦って死ぬことしか教えられなかった若者たち、平和を知らない若者たちって、悲劇ですよね。

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