解決済みの質問
江藤新平は新政府を辞めてしまい下野し後に佐賀の乱の首謀者になってしまいました...
江藤新平は新政府を辞めてしまい下野し後に佐賀の乱の首謀者になってしまいましたが、司法を担当してた彼がこのように反逆を起こすようになったのは皮肉としかいいようがありません。何故このようになってしまったの
でしょうか?西郷隆永(隆盛)か大隈重信が間に立って、江藤の辞職を思いとどませるべきだったのではありませんか?
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- 質問日時:
- 2010/8/31 19:58:30
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- 解決日時:
- 2010/9/7 14:25:23
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ベストアンサーに選ばれた回答
江藤新平は征韓派でしたから、明治六年政変で西郷隆盛・板垣退助・後藤象二郎・副島種臣と共に下野しています。なので西郷の引き留めはあり得ません。
また帰郷に関しては大隈重信・板垣退助・後藤象二郎らが思いとどまるようにと説得していますがこれを振り切っています。
そもそも江藤は司法卿として厳格すぎるほどの姿勢を見せて山縣有朋や井上馨らを失脚させていますし、どうも敵が多かったみたいですよ。
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- 回答日時:2010/8/31 21:33:21
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