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裏千家茶道で正月に用いる「花びら餅」は玄々斉が御所から拝領したものだと言われ...

raihukuhiroさん

2010/10/1621:13:17

裏千家茶道で正月に用いる「花びら餅」は玄々斉が御所から拝領したものだと言われますがそのいきさつをお教えください

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borislissさん

2010/10/1715:03:07

高いけど美味しいですよね。

花びら餅は、→菱葩餅・ひしはなびら、おんひしはなびら、葩餅(はなびらもち)とか
川端道喜・かわばたどうき、で検索すると色々でます。
川端道喜さんの本もあります。

*和菓子の京都 (岩波新書)
川端 道喜 (著)


「菓子」というサイトの抜粋↓

白餅を丸く伸ばし、その上に紅色の菱餅、白味噌餡、ふくさ牛蒡をおいて、二つに折った菓子。
明治のはじめに京都の川端道喜が裏千家11世玄々斎の依頼により茶の湯の菓子として創った。
玄々斎が慶応2年正月の宮中献茶の際に下賜された菱葩(ひしはなびら)を砕いて饅頭の原料に混ぜ初釜用の主菓子とし
東京遷都の後、許しを得て裏千家初釜用の「御菱葩(おんひしはなびら)」の創作を依頼したという。

菱葩は、宮中の正月行事である「歯固(はがため)」に由来し、歯固に用いられた品は時代により変遷があるようだが
源高明(914~983)の『西宮記』の天徳五年(961)正月一日に
「内膳供御歯固、大根、瓜、串刺、押鮎、焼鳥等、付進物所、進物所例云、正月元日早朝、供奉屠蘇御膳事、猪宍二盤、一鮮、二焼、押鮎一盤(切盛置頭二串)、煮塩鮎一盤(同切置頭二串)」とある。

江戸時代初期の『後水尾院当時年中行事』に
「いつの頃よりの事にか、其やう、まづ御さかづきに三方一ツに、ひし花びら、こぶ、かちぐり、くしがき、かずのこ、あめ、五辛等、さまざまの物をとり入て、御前にまゐらす、御はしをとらるヽまでもなく、むかはるヽばかりにて、撤して庇におきて、中臈下臈あまたすヽみよりて、彼さまざまの物をとり分、ひし花びらのうへにつつみかさねて、女中上中しもにたぶ」とあり
歯固に用いられた品を菱花びらの上に包み重ねて食べている。

川端道喜に伝わる『御定式御用品雛形』の絵には
三宝の上に、縦四枚、横三列の十二枚の白い葩が並び、その上に紅の菱餅が載り、その上に押し味噌、竹の皮で包んだ飴、野老、搗栗、榧の実などの一番前に鮎が二匹並べてあるといい
同家に伝わる話か、鮎が牛蒡に変わり、公家百官雑色に至るまでに、葩の上に菱餅をのせ、牛蒡をのせ、味噌をつけて渡したという。

川端道喜の「御菱葩」は、餅粉に砂糖を少量加えたものを蒸し、薄く丸く延ばし
その上に、同様にした赤の餅皮を菱形に切ったものを付着させ、蒸かし上げた牛蒡と白味噌餡を置き二つに折ったもので
以前は牛蒡が餅皮より出ていたが、今は牛蒡が餅皮の中に包まれている。
味噌餡が柔らかいため着物を汚す者が多いからという。

http://www17.ocn.ne.jp/~verdure/kasi/ha.html
http://kyoto-wagasi.com/review/kawabata_doki_hanabira.html

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