解決済みの質問
下記の文章について、自分の考えを小論文にまとめたいのですが、いまいち何を言っ...
下記の文章について、自分の考えを小論文にまとめたいのですが、いまいち何を言っているのかピンとこないのです…。自分で調べたいのですが、何をどう調べたら良いのかわかりません。
考え方のアドバイスや、 具体例などのアドバイスを頂きたいです。自分で無理やりでも書くべきなのでしょうが、いっこうに何も考えが浮かばないのです。助けてください。現在高校生です。
この文章は渡部淳「現代演劇のゆくえ」からの抜粋です。この課題文について、自分の考えを述べたいです。
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相対・多元の現実がこれまでになく顕在化している今日では、それをドラマ化する、ドラマとして切り取るにはもはや旧来のような「悲劇」か「喜劇」かといった二分法的枠組みはあきらかに通用しにくくなっている。そこで喜劇も悲劇を含み、またその逆であることによって真実への照射は可能になるだろう。この度合が現代ではいよいよ濃くなっている。喜劇の側から言えば悲劇を視野に入れる、あるいは踏まえた喜劇であってはじめて真正喜劇の資格を持っているといっていいだろう。容易に加害者ともなりうるような被害者を、知性的にせよ感情的しせよ擁護するといった浅薄さ、愚かさを避け、往々にして笑う者が笑われるという真実をよく見据えたいということだ。
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前回この質問に回答してくださった方がいたのですが、私が言葉足らずで、上記の文章が私の論文だと誤解させてしまいました。申し訳ありません。よろしければ、もう一度回答いただきたいです(><)
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- 質問日時:
- 2012/2/8 19:46:56
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- 解決日時:
- 2012/2/13 23:03:58
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- 回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答
とりあえず逐語的に私なりの読み取りを以下に記してみます。
>相対・多元の現実がこれまでになく顕在化している今日では、それをドラ
>マ化する、ドラマとして切り取るにはもはや旧来のような「悲劇」か「喜劇」
>かといった二分法的枠組みはあきらかに通用しにくくなっている。
まず、上記の部分。「相対・多元」の現実、という言葉がでてきます。「相対」の反対は「絶対」、「多元」の反対は「一元」。要するに、「本当のことがたくさんあって」、それは「それぞれ立場の違う理屈では『本当』なのだ」という意味だろうと思います。たとえば、いまペルシア湾の出口にあたるホルムズ海峡という海の通路とも言える場所をめぐって、「イラン」という国と「アメリカ合衆国」という国が対立してますね(単純化してます)。「イラン」にはイランの言い分があってそれは「正しく」、「アメリカ合衆国」にはアメリカの言い分があってそれはそれで「正しく」、その正しさはイラン・アメリカ双方とも「絶対」じゃないし、その基準は「一つ(=一元)」じゃないよ、ということです。だから現実をドラマとして切り取るには「一つ」の視点、つまりそれが「喜劇」なのか「悲劇」なのかという二つの視点では「できない」よ、ということでしょう。
>そこで喜劇も悲劇を含み、またその逆であることによって真実への照射
>は可能になるだろう。この度合が現代ではいよいよ濃くなっている。喜劇
>の側から言えば悲劇を視野に入れる、あるいは踏まえた喜劇であっては
>じめて真正喜劇の資格を持っているといっていいだろう。
そうなると現実をきりとったドラマというのは、「喜劇」の中に「悲劇」を含むもの、その反対に「悲劇」の中に「喜劇」を含むもの、になるだろう。そのようなドラマこそ、「相対・多元」という「真実」を切り取ってみせるものだろうということでしょう。
>容易に加害者ともなりうるような被害者を、知性的にせよ感情的しせよ
>擁護するといった浅薄さ、愚かさを避け、往々にして笑う者が笑われると
>いう真実をよく見据えたいということだ。
ナチスドイツに虐殺されたユダヤ教徒(ユダヤ人というのは民族やいわゆる「人種」ではありません。ユダヤ教を信じる人々が「ユダヤ人」なのです)が、今度はパレスチナで先住の人々を追い出したり殺したりする、というような現象は、この文章の中のまさしく「容易に加害者」となった被害者であると言えるでしょう。「ユダヤ人もだまされたのだ」とか「ユダヤ人がかわいそう」などの理由で簡単にユダヤ人をかばうのは浅はかだ、おろかだということになります。決して筆者はこう言っているわけではありませんが、その考え方に沿って考えるとこうなる、ということです。また「往々にして笑う者が笑われる」とは次のようなことでしょう。つまりこのようないわゆる「パレスチナ問題」を作る原因になってしまったイギリスとフランスの密約からはじまって、当時(第一次世界大戦時)の戦勝国は「笑う者」でしたが、現在では中東諸国とイスラエルとのバランスを一所懸命とらなければならなくなった「笑われる者」となってしまっています。あそこで何かが起こるたびに国税を使い、へたを打つと血を流さなければならないのですから。
と、こんな感じで読み取ることもできると思います。例示の事実は私の趣味ですので、いろんな事例に当てはめることができると思います。元々の筆者がこの事例を使っているわけではないので、そこはご注意ください。
文字数がわからないのでなんとも言えませんが、「相対」、「多元」、「喜劇」、「悲劇」、「現実」、「真実」、「加害者」、「被害者」、「照射」、「ドラマ」などがキーワードになると思います。
個人的な感想ですが、「相対・多元」の現実というものがあるのだ、という認識は決して「今日」だけのことではなかろうと思います。また「真正喜劇」なんていう言い方そのものが、この文章の主旨に反しているのでは?という疑問も浮かびます。現実は「相対・多元」なのだと言いながら、それをドラマにする立場には「真正」さがあるのだ、というすごい考え方ですからね。さて最後に笑うのはどっちでしょうか。お役に立てたら幸甚です。ご健闘を祈ります。
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- 編集日時:2012/2/8 23:47:05
- 回答日時:2012/2/8 23:41:58
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