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史記の中で興味深い人物・逸話とその理由

ma23ko21さん

史記の中で興味深い人物・逸話とその理由

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simarenunさん

中行説の話が興味深かったですね~。
前漢の初期、まだ王朝の基盤が固まっていなかった頃、漢は匈奴と和親条約を結び、皇族の女性を匈奴の単于に嫁がせていました。その随行員として選ばれたのが宦官の中行説です。匈奴に行けば、二度と漢に戻ってくることはできません。彼は匈奴に行くことを拒否しましたが、皇帝の命令には逆らえず、嫌々ながら匈奴に行くことになります。中行説は漢を恨み、「私は漢にとって災いを為す者になるだろう」と言い残して漢を去りました。匈奴に着いた中行説は、申し出て匈奴の老上単于の部下になります。側近となった中行説は度々漢を攻撃することをけしかけ、単于もその気になって漢に侵攻するようになります。こうして中行説は漢の災いとなることに成功したのです。
間に、漢の使者と中行説が、漢と匈奴の文化の違いについて議論する場面があるのですが、中行説の視点が漢の使者の視点と180度違っているのに、その意見に強い説得力が感じられるところなど、なかなか見物です。

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koyamashojiさん

項羽と劉邦でしょう。戦って負け無しの武人項羽と学問は無いけれど、度胸があり、人が尽くしたくなる劉邦。盧綰は劉邦の友人ですが、彼の代わりに牢獄に入りました。蕭何はそれを見て劉邦を見直しました。項羽は垓下で負けるまで負け知らず。圧倒的な強さを誇りますが、虞美人との別れも涙を誘います。

knight2weisuさん

呉起ですかね。

改革を本格的に行ったあと後ろ盾を失うと旧特権階級の逆襲にあうという古今変わらぬ歴史を教えてくれます。

まあ、呉起はただでは死なず相討ちになる死に方をして共倒れに持って行く最後の策を使いましたがね。

rx_78placeさん

私は藺相如(りんしょうじょ)と思います。逸話の一つは約束を守ってもらえないなら自分の頭もろとも璧を柱に叩き砕く、と命を懸けて秦王を一喝し『和氏(かし)の璧(へき)』と趙の国を守ったこと。もう一つは彼の栄達を妬んだ廉頗(れんぱ)との争いを趙の安泰のために避け通し、そのことを知って詫びを入れに来た廉頗を快く許したのみならず、「刎頸(ふんけい)の交わり」を結んだことです。
自分にも趙の重臣のプライドがあったであろうに、屈辱に耐えながら廉頗を避け続けて国の安泰を図ったのですから、これぞ忠臣の鑑と称えたいです。

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  • 編集日時:2012/2/12 22:43:53
  • 回答日時:2012/2/12 22:41:34

sanngokuhuuunnさん

やはり、漢の大将軍韓信ではないでしょうか?
逸話も有名なものは、いくつもありますが、
まだ韓信が何の身分にもついていない頃、ごろつきといざこざがあり、将来のことを考え、ごろつきの股の下を通って、その場をしのいだ話や、
「背水の陣」をしいた戦は大変見ものです。

上に立つ者のあるべき姿など様々なことを問いかけてくれることから、韓信を挙げました。

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  • 回答日時:2012/2/12 22:11:28

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