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解決済みの質問

ワールドカップで西ドイツは優勝候補だったのに、東ドイツは大して強くなかったの...

japanish_2012さん

ワールドカップで西ドイツは優勝候補だったのに、東ドイツは大して強くなかったのはなぜですか?
1974年の西ドイツ大会で、最初で最後の東西対決があり東が勝ちました。

しかしそれだけ勝てばいいわけはなく、東ドイツは2次リーグで敗退。(当時は今と制度が違っていた)

東ドイツのワールドカップ出場はこれきりです。
ソ連はワールドカップの上位常連。ポーランドは1974年で3位。
チェコスロバキアやハンガリーは政変以前はかなり強かったですよね。

東ドイツはスポーツはとても強かったはずですが、サッカーはそうでもなかった?

ワールドカップだけで判断してすみません。

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neue_tansさん

オリンピックだと、東ドイツは72年に3位、76年に優勝してるんですよ。オリンピックだからといって甘く見ちゃいけない、この2大会ではポーランドが優勝、準優勝ですからね。ポーランドはその間の74年W杯で3位ですから、それと優勝を争った東ドイツもそれなりに地力はあったと言えます。

U-23のカテゴリーになった今のオリンピックと当時ではシステムが違いまして、当時の東欧諸国はほとんどA代表と同じメンバーで出場してます。西側諸国と違って共産国にプロスポーツ選手はいないという建前だったんですよ。

もちろん、W杯や欧州選手権の実績からすれば、西ドイツA代表の方が東ドイツよりも強かったのは否定できません。ただ、当時のW杯は全部で16チームしか出場枠がありませんでしたからね。今と同じ出場国数だったら、東ドイツもW杯に出場できたんじゃないかな。

質問した人からのコメント

  • 成功ありがとうございます。もう一人の方もありがとうございます。
  • コメント日時:2012/2/15 10:47:55

グレード

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ベストアンサー以外の回答

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shophungarianさん

当時の東ドイツという国は、社会主義国でした。それゆえに、他国、特に資本主義国との交流は皆無に近く、社会主義国特有の閉鎖的な国の体質か、サッカーをはじめ多文化交流に乏しく、国内リーグ組織も西ドイツと違いアマチュアでした。
同じ社会主義国のソ連などとの大きな違いは、経済規模違ったことや、人口も少なく、設備面や育成面で大きく遅れをとった為に、東ドイツのサッカーは思うような結果が残せませんでした。

東西統一後、ブンデスリーガに占める旧東ドイツのクラブの割合を見ると、東西のレベル差は一目瞭然です。

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