解決済みの質問
危険厨と安全厨、どちらでいた方が良いですか?
危険厨と安全厨、どちらでいた方が良いですか?
危険厨は、細心の注意を払うので実際に危険に晒されても大丈夫な気がしますが、精神衛生上良くなさそうです。
安全厨は、安全と信じる事で精神の安定は確保できますが、実際に危険に晒されたら駄目な気がします。
私はメンヘラなのでこれ以上精神を脅かすものを増やさないように安全厨でありたいです
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- 質問日時:
- 2012/2/13 23:07:35
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- 解決日時:
- 2012/2/14 01:01:50
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ベストアンサーに選ばれた回答
keos1023さん
客観的事実に基づく合理的判断を積み重ねた結果としてあなたが出した結論に誰が何を言おうが気にする必要はありません
ただしぼくは今のところ危険厨と呼ばれてしまうような人たちに客観的事実と合理的判断が揃っていた例を見たことはありません
たとえば被ばくの健康リスクに絞って考えれば、現在の汚染度で考えられる一般人の被ばく量で健康被害が起こることはまず考えられません
でも放射線でDNAが傷つくのは事実なので、爪で引っ掻いた程度のかすり傷だってイヤだっ! っていう人がいるのは別にいいと思います
かすり傷が付くなら「安全」じゃない!! っていうのにも一応の理はあります
でもそれを「これは危険だ!!!」っていうのは論理の飛躍です
100%安全ではないことと危険であることには大きな違いがあるし、そもそも100%安全なんてことはこの世に無いので、結局自分が嫌なものに「危険」ってレッテルを貼っているだけなことが順を追って考えるとわかります
しかも現実的に考えれば、『汚染されている土地』で文句を言ってれば誰かが何とかしてくれるような事ではなく、空間線量の低いところに引っ越して食品の産地を選ぶだけで十分な予防ができることなので本当に不安ならさっさとそうすればいいだけのことです
あんまり議論の余地の無いことがなぜこんなに紛糾するのか不思議でもあります
ニンジンが食べれない人や高いところに立てない人にも、他人の共感は得られにくくてもその人なりに深刻な理由があってのことなので、他人がとやかく言うのもまたお門違いです
現状の汚染度はその程度に個々の判断次第なことなので『自分の意見を他人に押し付けない』『自分の判断のリスクとコストは自分で負う』というルールを忘れて市民同士で貶めあっている状況はほんとに精神的に悪いですね
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- 回答日時:2012/2/14 00:17:35
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極論すれば、
「どちらでもあるべき」
・・・でしょう。
しかし、「厨」という時点で、もはや多角的視点は失われているので、どちらもダメと言えます。
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- 回答日時:2012/2/14 00:23:33


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