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ろう者の中には、「自分たちは障害者ではない。手話という言語を使う民族だ。」 ...

jocomomola_loveさん

2015/9/2309:09:33

ろう者の中には、「自分たちは障害者ではない。手話という言語を使う民族だ。」
という人たちがいます。
いわゆる「ろう文化宣言」にみられるような、
「ろう文化主義者」ですね。

米内山明宏、木村晴美あたりが代表格かと思います。
そんな彼らは「健聴者」という言い方も嫌い、「聴者」なんていう
変な言葉を使っていますね。

それで思ったのですが、
そのような「ろう文化主義者」は、
「障害者ではない」というのであれば、
障害者手帳や、今までもらってきた年金は、すべて返還したのでしょうか?
また、ろう文化主義の子供を育てる明清学園では、
障害者手帳の取得は禁止しているのでしょうか?

「障害者ではない」と言いながら、一方で障害者手帳により恩恵を受けているのだとしたら、
おかしな話ですよね。

ご本人がろう文化主義者の方、あるいは、
聴覚障害者や手話のできる健聴者で、ろう文化主義者が身近にいらっしゃる方、
ろう文化主義と障害者手帳との関係について教えていただけると嬉しいです。

ちなみに私は、手話勉強中の健聴者ですが、
私の身近には、ろう文化主義の聴覚障害者はいません。

よろしくお願いします。

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回答数:
8

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ベストアンサーに選ばれた回答

frominjapanさん

2015/9/2412:47:36

聴覚障害のものです。
確かに、まわりには質問者の言う「ろう文化」を強調し、健聴者は不要!いなくても生きていける!等の話を聞くことはあります。
そこで、もめたことがあります。
極端な話、そこまでいうのならば、健聴者が発明した、自動車や電車、補聴器、テレビ等すべて使うな!聾者でできたもので暮らしてみろ!障害者基礎年金は健聴者の税金からもらってる。手帳による割引などもさせていただいてる。
全て返却すべきでは?と。

それは言いすぎかもしれませんが、そういう人に対しては本当に同じ聾者として腹が立ちます。
確かにろう文化は大切です。でも、健聴者と共存しつつろう文化を守ることが本大切であって、排除してまで継続するのは、それは文化ではないと思っています。

  • 質問者

    jocomomola_loveさん

    2015/09/2822:02:39

    ご回答ありがとうございます。

    とても共感しました!

    健聴者が不要!と講演で言ったのは米内山ですね。


    >健聴者が発明した、自動車や電車、補聴器、テレビ等すべて使うな!聾者でできたもので暮らしてみろ!

    私も同じことを考えていました。
    特に感じるのが、ファックスとメールですね。
    ファックスもメールも、もともとは健聴者が健聴者のために作ったものです。
    しかし我が物顔で使っているろう者たち。
    健聴者はいらない、というのなら、ファックスもメールも使うな!と思います。

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質問した人からのコメント

2015/9/28 22:06:31

皆さん、ありがとうございました。
結局のところ、「障害者手帳を返還した人はいない」ということのようですね。
要は、「障害者ではない」というのは、あくまでもアイデンティティー上のことであって、
医学的、制度的に障害者であることを否定するものではない、ということなのでしょうか。
なんだか虫がいいような気もしますが、そういうことにしておきます。

ベストアンサー以外の回答

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ydnap382_2さん

2015/9/2415:01:44

質問者jocomomola_loveさん 恐縮です!

サブカテゴリでいい加減なカテゴリを選ぶのはやめてください。

閲覧中にカテゴリに関係ない場違いの質問が出てくると非常に目障りです。
質問内容と関係のないサブカテゴリをわざわざ選ぶ必要はないのです。見当違いのサブカテゴリを選ぶとあなたの常識が疑われますよ。

質問は適切な「カテゴリ」で投稿するようになっているのをご存じないのでしょうか?
ここは、【教養と学問、サイエンス】>【言葉、語学】 > 【日本語】のカテゴリです!残念ながら、カテゴリが違います。
あなたの質問が、<言葉、語学>の中分類のカテゴリには該当しないのは、ふつうの人なら誰にでもわかることです。

2015/9/2322:48:16

たぶん、「聴こえない」という事実そのものが、何ら問題ではない、と言いたいのではないでしょうか。
聴こえないことは、自分の人生、生きていく上で邪魔になるものではない、というような。「手話」という言語、聾唖という文化の中で生きているのだから、別に「しょうがい」じゃないよ、という意味かな。

ただ、そうは言っても今の日本、「障害者」であれば、色々と制約はあります。やっぱり、仕事にも就きにくかったり、災害時に情報がつかみづらかったり、病院、役所などでのやりとりに苦労したり。

もし、この国があらゆる障害のある人に対し、しっかりとしたサポートがあったり、更に極端に言えば、全ての人達が手話を当たり前のように使えれば(聞こえる人も)「聴覚障害者」は、もはや障害者と定義する意味を持たなくなるでしょうね。

で、今現在、この国ではまだまだ、そこまで到達してはいない。であれば、「使える制度」として、障害基礎年金を受け取ったり、障害者手帳を提示することで割引を受けたりする「必要」があるように思います。

それから、米山さん達も、何も中途失聴、難聴者の方達を「差別」しようとしている訳ではないと思いますよ。「区別」というか、別の文化を持っている、ということを言いたいのではないでしょうか。自分達は、ろうあ者として、誇りを持って手話を母語として生きていく。健聴者は健聴者で、中途失聴者は、中途失聴者で、難聴者は難聴者で、それぞれに生きていく。お互いが尊重しあうことが大切だ、と言いたいのでは?

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h12260726さん

2015/9/2321:43:22

中途失聴です。
聾唖者もたくさん知り合いはいますが、私の周りの聾唖者は「日本語も学びたい」という方も多く健聴者の手話サークルに参加されている方もいらっしゃいます。

また、私たち中途失聴・難聴者は日本語対応手話で手話表現をする方が殆どですが、聾唖者の皆さんも一生懸命読み取ってくれるので、私達も聾唖者の日本手話を一生懸命読み取りますので、かなりコミュニケーションは取れています。

私の県の聾唖協会はいつも難聴者協会のことを気にかけてくれ、行事があれば「一緒にどうぞ」とか手話の経験のない難聴者のために市に掛け合ってくださり、手話講座なども定期的にやってくださっています。

確かにそのような方ばかりでは無い(ろう文化主義)ようで「趣味は何ですか?」と聞かれたら絶対に聾唖者の前で「手話の勉強です」と言わないようにとは言われています。

「ろう文化」を強調されているのは比較的高齢者に多いと思いますが、今は聾学校も日本語教育に力を入れているようで、若い聾唖者は普通に冗談なども通じます。

回答にはなっていませんが、私の周りの聾唖者で「ろう文化主義」はいません。

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ID非公開さん

2015/9/2316:24:23

一口に聴覚障害者といっても、難聴者、中途失聴者、(生来性の)ろう者と分かれています。
難聴者や中途失聴者の場合、言語を獲得してからの失聴となるため、手話を理解できない・使えないという方も少なくありません。
そのような方たちが当事者団体に参加すると、手話中心のろう者との間に感じる距離感は相当なもので、自分たちが中途半端な障害者であると落ち込むことも多々あるようです。

ろう者の場合、言語が獲得できていないわけですから、言語に代わる手段として手話を求めるのは当然だと思います。
しかし、だからといって、自らを「障害者ではない」だの、他の聴覚障害者(特に難聴者や中途失聴者)や健聴者を排除するかのような差別性には、たいへん疑問符が付きます。
事実、あまりに「ろう文化」にこだわるあまり、難聴者・中途失聴者の当事者団体とろう者の当事者団体とは、かなり仲が悪いんですよ。

ただ、障害者手帳や障害年金については、制度そのものとして存在し、権利として利用することができるのですから、私は、「ろう文化」うんぬんとは直接的には関係しないと考えています。
また、これらの制度が充実してきたのは、何もろう者団体の運動だけによるものではありませんので、ことさら必要以上にろう者の運動を否定したり、あるいは高く評価する必要もないと思います。
問題なのは、「ろう文化」うんぬんを訴えている人たちの差別的な価値観(言うなれば「ひがみ」)にこそあるのではないでしょうか。

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hiakrinoedaさん

2015/9/2315:29:41

お気持ち、よーーく分かります。

ここから長くなります。

手話通訳者の中には必要以上に聾者にすり寄るように、「わがまま」を認めてしまってる人がいて、不愉快だったことを思い出しました。

対等。。。というなら、「聞こえる人」の文化を身につけることも必要だし、そのほうが絶対多数の「聴者」と軋轢なく暮らせるはずなのに。

以前住んでいがところでは「手話」を「習い事」や「趣味」にさせない・・というか聾者のちからがつよく、聾者のための手話学習として「研究会」の元でしか手話を学ぶことができませんでした、
サークルなどという甘いものは許されず、善意でサークルを作り手話の指導していた聾者が糾弾されそうになったくらいです。

しかし、人は「既得権」をなかなか捨てません。
これは障害者ばかりでなく、「被差別」といわれる人たちも同じです。被差別を怒り訴え。。でも優遇されることはすべて利用してます。

ここまでは質問者さんへの肯定的回答です、

ただ、こうした過激とも思える人たちの行動があって、少しずつ聾者の福祉が進んでいったことも事実です

障害者が真に対等になるためには必要な運動でもある、ということです。

そして、それをサポートしている聴者は「なあなあ」ではなく、反感を買って逆効果にならない運動を勧めるようにアドバイスすることも必要だと思います。

手話はボランティアではない。だから手話を学ぶ聴者の団体はボランティア保険には加入しない。。。と言いだした「手話通訳問題研究会」の幹部と大喧嘩して退会した10年前のことを思い出しました。
聾者の権利を得る活動をサポートしていた時の事故が補償されない。。。
それっておかしいもの。、、

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