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哲学と物理学の「時間」の考え方の違いについてです。 哲学の時間論の場合、「現...

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ID非公開さん

2005/3/923:31:47

哲学と物理学の「時間」の考え方の違いについてです。
哲学の時間論の場合、「現在」という特異な時間点を基準にして過去や未来との関係などを探っていくやり方が主流のように見えます(カント、ベルクソン、ラッセル、マクタガートなど)。これに対して、相対性理論をはじめ物理学では「過去から未来へ流れる時間」を基本に据えるものの、考察している人間自身が属する「現在」という時間のあり方は無視して、俯瞰的な視点から「時間」というものを捉えているように思います。
抽象的な言い方で分かりづらいと思いますが、これらの立場は両立する、もしくは全く無関係の議論なんでしょうか。それとも、どちらかが正しくどちらかが間違っているんでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

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ID非公開さん

2005/3/910:13:24

時間という座標の上の量を問題にしているのと、人間にとって時間というものはどういう意味があるかの考察の違いですから、同じ言葉でも対象にしているものがそもそも違います。

全く無関係とまでは言いませんが、哲学で問題にしている時間というのは、科学が対象としている時間という概念からすれば、大きく外れる部分もあり、また、科学としては意味があっても、哲学では取り上げない部分もあるというところでしょうか?

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ID非公開さん

2005/3/901:43:12

じかん【時間】
とき。 ① ある時刻と他の時刻との間(の長さ)。時のへだたりの量。「この仕事は―がかかる」「―が切れる」「―の問題」(その物事の結着まで長くはかかるまいという情況にまで立ち至ったこと) ▽多くは1日より短い場合について使う。 ② 時間(1)の長さの単位。1時間は60分。1日は24時間。 ③ 空間と共に、物体界を成り立たせる基礎形式と考えるもの。普通、過去から未来に絶えず移り流れると考えている。

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ID非公開さん

編集あり2005/3/901:00:11

個人的な考えなのですが、哲学の時間は、今現在自分が置かれている次元を基準にして、過去の次元から未来までの次元のことをいうと思います。
物理学の時間は、過去という断定されたものがあり現在から未来への次元ではないでしょうか。

無関係ではありませんが、両立しているとも言えません。
現在があるのは過去があって、これから先生きていればいつかは未来が今現在のことになり、今現在の位置が未来ではかこのことになってますからね。
正しいが間違ってるかは、その人次第です。

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ID非公開さん

2005/3/900:46:57

貴方の質問は、よく理解できませんが

物理(数理)=宇宙の真理=不変
哲学=人間の真理=不変であるはずが=ゆらぐ

ではないかと思います。物理の時間と哲学との時間は、人間がそれに接する価値の上で全く異なるのではないのでしょうか。
TimeとLifeが違うのは誰もが知っています。

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ID非公開さん

2005/3/900:41:21

道路の真ん中で前後を眺めているのか
空から道路を見下ろしているかの違いのように思うけど・・・

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