ここから本文です

江戸時代、えた、ひにんの人々の仕事はそれぞれどのようなことをしていたのでしょ...

t80********さん

2009/9/521:04:08

江戸時代、えた、ひにんの人々の仕事はそれぞれどのようなことをしていたのでしょうか?
なるべく具体的にお願いします。

よろしくお願いします。

補足えたは・・・・・
ひにんは・・・・・
というように書いていただけるとありがたいです。

閲覧数:
41,935
回答数:
4
お礼:
100枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

jas********さん

2009/9/523:03:26

穢多(えた)

病死牛馬の処理や獣皮の加工、革製品の製造販売、刑吏、捕吏、番太、山番、水番、などの下級警察的仕事、祭礼などの「清め」役や、各種芸能ものを支配、草履作りとその販売などを仕事としていました。

非人

溜御用(溜=無宿のための病監、一時収容所の管理)、諸河川の不浄物取り片付け、町奉行所・牢屋敷への詰番と囚人送迎、罪人の仕置手伝い、鈴ヶ森刑場など刑場の管理。また町や村での共同体を維持するため、よそ者や乞食を排除する目的で、非人を番非人や非人番として雇っています。

参考として穢多や非人のような被差別身分の人たちがどのくらいいたかというと、寛政12年(1800)当時の調査では、穢多身分の人約230軒、非人身分の人730軒といわれています。穢多身分の人すべて浅草に集まって住んでいましたが、非人身分の人たちは四ヶ所(日本橋、品川一帯、本所・深川一帯、山の手一帯)非人頭の居住地などを除いては、寺社の境内や河川敷などに住んでいました。非人は勧進(物乞い)していたとのことです。そしてこのような被差別身分の人たちの頂点に立って支配していたのが弾左衛門(だんざえもん)です。

質問した人からのコメント

2009/9/8 19:24:14

一安心 皆さんありがとうございます。助かりました。

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

mut********さん

2009/9/521:06:15

死骸を片付けるなどといった
人々がやりたくない仕事を
させられていたそうですよ・・

jin********さん

2009/9/521:23:09

えたの身分の多くは、農業を営んで年貢を納めたり、死んだ牛馬の処理を担い、皮革業、細工物などの仕事に従事したりしました。また、これらの身分のなかには、役人のもとで、犯罪者の逮捕や処刑などの役を果たす者、芸能に従事して活躍する者もいました。


らしいですよ。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

nob********さん

2009/9/523:41:11

穢多非人の仕事内容は前の解答者さんが答えたとおりですが、穢多非人という身分制度がなぜ出来たのか知っていますか?

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる