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徳川家康が作った慶長小判は、江戸時代のいつ位まで、使えたのですか?享保とか、...

jn3********さん

2013/4/918:05:51

徳川家康が作った慶長小判は、江戸時代のいつ位まで、使えたのですか?享保とか、安政の時も使用できたのですか?教えて下さい。

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ベストアンサーに選ばれた回答

ohi********さん

2013/4/918:45:56

実質的には幕末まで通用していました。だからこそ,現在でも慶長小判は残っているのです。

幕府が新たな小判を鋳造した段階で,以前の小判の通用停止と新小判との交換を命じましたが,何しろ慶長小判は金の含有率が多くて品位の高い小判であることが誰に目に見ても明らかでした。

それで,慶長小判に対しては割増通用(現行の小判よりも何割か価値が高いものとして通用させること)という形で,幕末まで流通していました。但し,江戸時代を通じて,かなりの量の慶長小判は新たな小判に改鋳されましたから,幕末での流通量はそんなに多くはありませんでした。

〔参考〕
元禄10年4月(1697年)に11年3月(1698年)限りで通用停止とする触書を出したが、引換が進捗せず退蔵する者が多かったため、11年1月に通用を12年3月(1699年)限りと改めたが、通用停止には至らなかった。元文の吹替え後の元文3年4月末(1738年6月16日)に当時の通用金に対する割増通用が一旦停止されたが、その後も完全な通用停止とはならず、幕末に至るまで事あるごとに再び割増通用の価格が定められる始末であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B6%E9%95%B7%E5%B0%8F%E5%88%A4

また、以下のように元禄金銀も、慶長金銀と等価に通用させるよう通達を出した。
一、今度金銀吹直し被ニ仰付一、吹直り候金銀、段々世間へ可ニ相渡一之間、在来金銀と同事に相心得、古金銀と入交、遣方・請取・渡・両替共に無レ滞用ひ可レ申、上納金銀も右可為ニ同事一

この吹替えは慶長小判2枚の地金に灰吹銀を加えて新たに小判3枚を鋳造すれば通貨量は1.5倍となり、かつ幕府には吹替えによる出目すなわち改鋳利益が得られるというものであった。ただし通貨の増大はインフレーションであり貨幣価値が低下するため、出目獲得と経済効果を狙った通貨増大は同時に達成できるものではないが、結果的には後述するように莫大な利益を幕府にもたらした。しかし交換に際し慶長金に対し1%の増歩しか付けられなかったため、交換は思うようには進捗せず、良質の慶長金を退蔵するものが多かったという。元禄金は量目(質量)こそ慶長金に等しかったが、金に対し密度の低い銀を多く含むため分厚く白っぽいものとなったため品位が低下したことは誰の目にも明らかであった。加えて脆く折れやすいものとなったため、評判は甚だ悪いものであった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E7%A6%84%E5%B0%8F%E5%88%A4

質問した人からのコメント

2013/4/10 17:29:36

降参 詳しい説明ありがとうございました。他の方も大変参考になり、助かりました。ありがとうございました。

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twe********さん

2013/4/919:00:48

慶長小判は、明治になっても10.0642円で通貨として使えました。
最終的に通用停止になったのは、明治32年です。
次のHPが詳しいです。
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/J030.htm

jas********さん

編集あり2013/4/919:09:08

1871年に制定された新貨条例によって、江戸時代の古金銀はそれぞれの含有金銀量に基づいて、定められた交換比率で新貨と交換されていますので、慶長小判は江戸時代を通じて有効でした。

慶長小判は元禄8年(1695)8月の金銀改鋳の触書(元禄の改鋳)で、小判の極印が古くなったという理由(表向きの理由)で回収されていますが、元禄の改鋳の本当の目的は、金の含有量が高い慶長小判を回収して、金の含有量の少ない小判に改鋳して、その出目(でめ、鋳造差益)を得るのが目的でした。

ただ金の含有量が高い慶長小判の回収は思うように進まず、幕府は立て続けに布告を出すとともに、元禄金銀に1%のプレミアムを付けてまで慶長金銀を強力に回収しています(慶長小判100枚で元禄小判101枚と交換できた)。

質の悪い小判は流通するものの、金の含有量が高い慶長小判はため置かれたようですが、改鋳のために回収されたことにより、残存数はかなり少ないものです。

なお慶長小判の鋳造量は14727055両で、最初期の慶長古鋳小判などは現存数が極めて少なく、稀少なものです。

mug********さん

2013/4/918:45:07

もちろん使えました。小判などの金貨は金そのものの価値が裏付けですから金の含有率の高い慶長小判は信用度が高かったのです。

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