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鹿児島県と山口県に熊毛郡と、言う地名がありますが、

iam********さん

2013/5/1308:44:16

鹿児島県と山口県に熊毛郡と、言う地名がありますが、

鹿児島県熊毛郡屋久島町」とか中種子町とか、それ以外で山口県熊毛郡田布施町とかありますが、熊毛と言う地名は、その昔熊襲タケルの領地とか支配下だったのですか、地名に博学の皆様よろしく、ご教示下さい。
よろしくお願いします。

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pir********さん

2013/5/1309:33:24

これは難しい問題です。

地名は古代史の生きた化石のようなもので、邪馬台国の記事に出てくる地名が現在も使われているなど、古代史を考える上で非常に重要な要素です。

ただ、地名の付いた付け方には色々な種類があり、付けられたら時期も一定では無いので、資料や遺跡の情報と補足しあわないと間違った認識になりがちです。

熊本には熊毛だけでなく田布施という地名もあります。

ここから、九州南部から本州にかけて熊襲の支配地域だったと考えちゃうと、遺跡や古代の情勢から見て間違いと思います。

しかし、どちらかの熊毛から一方に移住したなら可能性は否定出来ないでしょう。

熊襲という存在自体が確定的な説が無い現状では非常に答えを出しにくいんです。

地名由来辞典というサイトに熊毛の項目があったので引用しますと

→くまげぐん【山口県】
[熊毛]
古代からの郡名「熊毛郡」、「和名抄」は周防国「久末計(くまけ)」郡と訓じている。「クマケ」は、名義不詳、「クマ(隈=こもる)・ケ(場所)」の意か。また古代、周防国造の根拠地で、クマ(神)の地に通じるか。

以上引用終わり

この内容から私が連想するのは和歌山の熊野です。

熊毛、熊野ともに九州、本州、紀伊半島の隅(すみ=くま)ですし、神の概念は熊野三山に通じます。

九州北部と大和の地名の配置が似ているという指摘があったり、地名は様々なヒントを与えてくれますが、そこに歴史学や考古学の研究成果を重ねる事でしか答えは出てきません。

もう少し資料が揃わないと結論は出せないでしょうね。

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