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新幹線E1系・E4系・500系…このあたりは、なぜ短命だったり当初のような活躍ができ...

mt_********さん

2013/5/3017:30:37

新幹線E1系・E4系・500系…このあたりは、なぜ短命だったり当初のような活躍ができなかったりするのですか? 鉄道会社の先を見通す能力がないからですか?

E1系は、200系より早く消えてしまいましたね。
E4系も、2階建新幹線は全廃すると言ってましたから、たぶん北陸新幹線開業前あたりに消えますね。
500系は、最高速度300km/hで「のぞみ」号で運用してましたが、いまは「こだま」号として0系や100系の晩年みたいな運行をしていますね。

最初からE1系・E4系は、短命であることを見越して開発したんですか?
たしか、2階建新幹線全廃についてJRは、2階自由席が狭かったりリクライニングしないなど不評のため廃止すると言ってましたが、そんなことは、導入当初から分かっていたんじゃないのですか?
「座り心地を犠牲にしてでも多くの客に座ってご利用頂けるようにした」という理念は、2階建新幹線全廃後からは、近年急に「座れない客が増えたって、知ったこっちゃないわ」っていう理念に変わったのですか?
(もつとも、表向きは「多くの客に座ってご利用頂けるようにした」だけど、実際は「多くの客を1編成に押し込めんで客の居心地なんかよりコスト削減を優先した」なのかな?)

500系も、導入当初から、「わりとすぐ、こだま号で8両にして運用する」と想定してデビューしてたんですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

ada********さん

編集あり2013/6/208:51:51

500系は東海が頑なに東海道新幹線で嫌わなければ今ものぞみの臨時として使用されていた可能性が高いですね。
というより、この案件は単純ではないことが言えます。

実は2005年度を目途にJRは山陽新幹線のこだまを新しい車両に転換することをプレリリースで発表していました。
この当初は300系を「山陽こだま」に転用することを目指していました。
しかし例の「福知山線脱線事故」の結果、車両導入へ向けての帳尻が付かなくなったことから導入が遅れました。
尚且つ、平成2年度製造の100系と比べ2~3年しか車両の経歴が違わないことから300系ではなく500系がこだまとなったわけです。
つまり、2005年に300系が「山陽こだま」へ導入されていれば(100系は0系と共に同時期に廃車)、「500系のぞみ」が現在も臨時として運用し、速度種別も500系に沿った運用になっていたと考えられるのです(これにより、700系が東海道の「ひかり」や「こだま」へ降格し、500系と共に全廃を目指す形に(2020年度頃目標?))。

E1系は意外と短命でしたね。
元々東北新幹線の顔としてデビューしたのが、97年にE2・3系に代わって格落ちし、その後12両運転が東北新幹線ではあまりにも中途半端すぎてしかも最高速度上足を引っ張る形となったことから、結局上越へ転身。その後北陸新幹線開業に合わせ速達化が図ることによる廃車でしょうね。
E4系も廃車すれば短命ですが、こちらもE3系の275km対応のために消滅する形ですから、結局「足でまとい」の廃車と言えます。座席数のカバーは結局長大編成でカバーできると見越しているのでしょう。

質問した人からのコメント

2013/6/6 11:23:17

降参 ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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shi********さん

2013/6/114:41:32

他の回答者さんも書いていますが、あなたが思うほど短命ではありません。
むしろ使い倒したと言ったほうがいいかもしれません。

500系はについては、狭いとか東海道ではマニア以外からは嫌われていたとか言われていますが、
とにかく長距離を走りすぎました。東京~博多の往復で2000km以上、時にはそれプラスαの距離を
一日の営業時間内に走ったので。
実は会社の都合でポシャリましたが、JR西日本は山陽区間用に加減速性能の高い「こだま」専用車両の
投入を構想していたんだすよ。多分カネがかかるから止めたんだと思いますけど、山陽区間の「こだま」に
長らく0系や100系を使っていたのも、来るべき500系の「のぞみ」としての長距離運用から外れることを
待っていたのでしょう。
ただ車両の構造上、8両編成以下には出来ないので山陽区間「こだま」としては長すぎますけど、この辺は
もう割り切りでしょう。

あなたが言う「後先考えないで」を体現したのは、むしろ300系でしょう。順序なら「のぞみ」運用を外れたら
300系が短編成化されて「こだま」専用になってもいいはずですが、分割運用が難しい車両だったようで、
一気に引退となってしまったのは記憶に新しいかと。
東海道新幹線の高速化の為に国鉄時代から持っていた研究成果を、JRになってからの研究成果と合わせて
短時間で実現させるためには仕方なかったのですけどね。

東日本の2階建て車両は、容易に代わりが見つかったのが大きいかもしれませんね。
つまりフル+ミニの16両を近距離の間合い運用に回せることが分かったから。
もちろん大量輸送ということではE4+E4の1600席には適いませんが、昨今の都心回帰現象で長距離から
都心へわざわざ新幹線を使って通勤してくる人数が減っていることもあるので、絶対にE4でなければという
ことも無くなってきたんだと思います。

bmc********さん

2013/5/3021:29:07

確かに、2階建てはたくさん座れますが、デメリットもあります。例えば
車体重量が重すぎて台車が劣化しやすい
重いため勾配をすいすい登ることが出来ない
2階建てのためワゴンが通りにくい・乗降に時間がかかってしまう
段差があり高齢者にとってはとてもきつい
等があげられます。なので東日本はE1系を引退させたんです。

shi********さん

2013/5/3020:37:12

まず車種別に解説しますね
E1系…こいつは94年に誕生して12年までの18年間走りました
新幹線は15年程度で廃車されますから長生きした部類です
上越新幹線では本庄早稲田駅開業でE4系16両が走り始めたため少し立ち位置が微妙に?

E2系とE4系…北陸新幹線開業から数年以内にE7系で代替します
既に15年~18年経過してるので新幹線としては長寿の部類になっていますし、今年からE2系とE3系の廃車が始まります
E4系は誕生から15~17年経つ2016年から廃車が始まります

500系…東京~新大阪のタイムはN700系の方が早いです
既に誕生から16年が経ち、更に性能の良いN700系が現れたため主役は降板しています
むしろ今は後から誕生した700系が次々に廃車されています

200系…K編成12本という全体から見ると僅かな数がリニューアル改造を受けて生き残りました
内部の部品の大半を新品に取り替えるという異例の延命措置でしたね


最後に…新幹線は15年程度が寿命です
それ以上走れば長生きですよ

aut********さん

2013/5/3019:24:44

鉄道会社に先を見通す力があるとは思えません。
先見の明があるなら、そもそも国鉄は分割民営化されずに現在も存続していたはずです。そして、現在も各社の経営陣は旧国鉄出身者で占められていますから、IT企業経営者のような先見力や発想力があるとは思えません。

それはさておき、新幹線の車両については、開発段階から、今必要とされる車両を、今考えられる最先端の技術を駆使して導入するというのが基本スタンスです。

ですから、E1系は導入当初は、その時点で考えられる目的に沿った最高の車両であったことは確かです。(導入の背景などは書くと長くなるし、ご質問の核心とは離れるので省略します)

500系も山陽新幹線の区間に最適化して、とにかく300キロ運転させることを最優先にしたため、その時点では必要な性能を持ち合わせた車両であったことも間違いありません。

ただ、残念なことに、技術革新は目覚ましく、鉄道車両の場合、大体5年も経つと大半の技術は陳腐化します。

新幹線車両の導入時期(主力車両のみ)を見ると、
東海道・山陽新幹線では、
0系初期型は1964年
0系1000番台は1976年
0系2000番台は1981年
100系が1985年
300系が1990年
500系が1996年
700系が1999年
N700系が2007年
N700系1000番台(N700A)が2013年

東北新幹線では、
200系が1982年
E1系が1994年
E2系が1997年
E4系も1997年
E5系が2011年
となっています。

このサイクルを見てみると、JR東海・西日本とJR東日本の車両の使い方・導入にあたっての考え方が違うことがわかります。
JR東海は、東海道新幹線が一番の稼ぎ頭であることもあって、常に最新型の車両を導入してその時点で最高のパフォーマンスを出せるようにしていることがわかります。
500系に関しては、JR西日本の速度優先主義の側面が強かったように思えます。ロングノーズで車体断面が小さい500系は、斬新なデザインであったことは間違いありませんが、とにかく300キロ運転をすることに特化しすぎて、東海道新幹線区間での運用をあまり重視していなかった。しかし、JR東海は最高速度引上げができないため、270キロ運転できる区間の拡大によって1分でも時間短縮することが経営課題だったため、JR西日本とは高速化に対する考え方に違いが生じていた。その考え方の違いのために、共同開発した700系では最高速度285キロというJR西日本としては中途半端なものになってしまいました。N700系では、JR西日本の最高速度向上の強い意向と、JR東海の曲線性能向上という2つを両立させるものになりました。

一方JR東日本は、基本的に車両寿命まで使い続けて、極力開発コストを下げ、かつ保有車両数を最低限で済ませる(これは多数の新幹線路線を東京駅まで入れるための方策でもある)ことを優先してきたことがわかります。

2階建て新幹線に関しては、現在でもその役割が終わったわけではないと考えています。というのは、東京~高崎間での輸送力を考えると、2階建て車両の輸送力が魅力的(着席願望の強い通勤客からは6列シートは意外と支持されている)であることに変わりはないからです。
ただ、今後、北陸新幹線に新型車両が導入されると、E7系は12両編成となるため、1時間当たりの運転本数の増加と合わせて、2階建て新幹線がなくなっても大勢に影響がなくなること、更に、東京~大宮間の速度向上(110キロ制限→130キロ制限)には2階建て車両の全廃が絶対条件になることなどから、200系のような延命措置(下回りを総入れ替えした)を講じずに廃車にすることを決めたのだと思います。不評のために廃車にするというのはイメージ戦略でしょう。本当のところは、稼げる車両でなくなったからにほかなりませんから。

今後は、各社とも、ようやく方向性が決まった感じがしますから、現行車両をベースに改良を加えていくという形になると思われ、新型車両開発のペースも落ちるかもしれません。特に東海道新幹線に関してはN700Aでほぼ完成形になったと思われますので、リニア車両開発に力を入れていくことになるでしょう。
JR東日本は、北海道新幹線開業を控えて、時速360キロで高い安全性と静粛性を両立して運転できる車両の開発をしていくことになるでしょう。

eos********さん

2013/5/3017:52:22

500系が「のぞみ」運用で短命に終わったのは、JR東海との兼ね合いがあります。300系以降の座席定員数と500系の座席定員数が違うために
500系専用のダイヤが組まれていました。ダイヤが乱れた時に300系や700系などに変更して運転できないと言う問題が有り、N700系に変わって行きました。
E1系やE4系に関してですが、登場当時は座席定員を増やし、通勤輸送の着席サービスという点では評価されましたが、最高速度が後発のE2系やE5系よりも遅いために、まずは東北新幹線からの運用を外れて上越新幹線専用になりました。最後まで残った200系とE1系、E4系は最高速度が一緒なので上越新幹線で活躍してましたが、E2系とE7系が上越新幹線で走り出すと、最高速度の違いが顕著になりますので、引退させると言う方向のようです。

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