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江戸時代以前の人は長距離(たとえば江戸⇔京)等、徒歩で移動していましたが、 一...

air********さん

2013/6/2918:47:20

江戸時代以前の人は長距離(たとえば江戸⇔京)等、徒歩で移動していましたが、
一日にどのくらいの距離(キロ)を歩いていたと考えられますか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

jas********さん

2013/6/2923:42:38

江戸時代の旅人は1日歩く距離は「男十里 女九里」といいます。

即ち、男性の旅人は1日約40㎞、女性の旅人は1日約36㎞歩いたということです。

東海道の場合、日本橋を朝4時に出発した旅人が1日の行程を終えるのは戸塚宿(もしくは手前の保土ヶ谷宿)が多かったといいます。

日本橋から戸塚宿まで10里半(約42㎞)、手前の保土ヶ谷宿までは8里9町(約33㎞)、「東海道中膝栗毛」の弥次・喜多さんの1泊目も戸塚宿です。

弥次・喜多さんの2日目は戸塚宿から小田原宿の約40㎞、3日目は小田原宿から箱根までの30㎞強歩いています。

一般的に京までの492㎞の距離を、江戸時代の旅人は13~15日の日程で歩きますので、仮に13日とするなら1日平均38㎞(15日なら約33㎞)歩くということになります。

ちなみに大名行列の場合、紀州徳川家のケースでは、和歌山から江戸までの約625㎞を普通17泊18日で移動しますので、1日平均35㎞、また旅費などの経費削減をするため、1日で50㎞以上のハイペースで移動する藩もあったといいます。

それと飛脚の場合、最速便の継飛脚のケースでは、「御伝馬方旧記」の1696年の記録として、江戸~京までの御急(急ぎの御用)は58~60時間、江戸~大坂までは64~66時間で走ったとあります。但し、飛脚1人がぶっ続けで走るのでなく、各街道の宿場によってのリレー方式での継ぎ送りでしたが。

質問した人からのコメント

2013/7/6 08:01:56

男性で1日約40㎞、女性で1日約36㎞というのは納得できます。詳細なご説明ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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nak********さん

2013/6/2919:57:40

飛脚など、歩きなれた人は、1 日で 60 km ( 15里) 位は、
楽に、移動して居たようです。

私なども、戦前の旧制中学校生徒の頃、38式歩兵銃を担いで、
10里(40 km) 位は、行軍の経験があります。
ただし、特別な行事であって、いつも、こんな無茶をして居た
わけでは、ありません。

r18********さん

2013/6/2919:52:13

江戸時代の距離表示には『里』が使われましたが、
この里、場所によって長さが違いました。
東海道や中山道などでは4㎞で1里でしたが、山陽道では倍の8㎞で1里です。
これは、坂道などの難所の有無を『仕事量』で勘案したから。
そのため、旅人はどの道を進んでも、
『一里一時間、一日八~十里』のペースで歩けました。
(日没後も歩けばもっと移動できるけど、危ない)
現代では、クルマやバイクなどが発達し、仕事をするのは乗り物なので、
土地の高低差は気にしなくなりましたが。

それを現代の感覚で『何㎞?』と聞くのは、なんというか、
一日の電気使用量を訊くのにワットではなくアンペアで答えてるような、
変な感じがしますね。

mug********さん

2013/6/2918:52:48

それは江戸時代の旅人の日記などから明らかです。

成人男子で普通一日に10里(約40km)歩いたそうです。

江戸京都間は495km、12泊13日くらいが標準です。

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