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諸葛亮の考えていた戦略ってどれほどまで残っているのですか? 益州と荊州から攻め...

bdb********さん

2013/7/114:21:16

諸葛亮の考えていた戦略ってどれほどまで残っているのですか?
益州と荊州から攻めて益州軍は長安を荊州軍は洛陽を、という天下三分の計は有名ですよね

しかし関羽が荊州を喪失して益州一つになってしまった蜀

その後の戦略はどういう物だったのでしょうか?
例えば仮に北伐が成功して長安を奪取できたとして
そしたら長安以西の涼州らも降伏してくると思います
そうした場合その後の戦略という物はあったのですかね

長安を奪取した所で国力と兵力の差は絶望的で漢中と長安当たりは広くてある程度戦術的な動きで翻弄することが可能だったわけですが長安を奪った後は洛陽から進撃してくる魏本隊と正面対決する必要があったのですよね?
地理的にも狭くて正攻法のぶつかり合いになる確率も高く敵の本拠地の間近だから兵力も多くなる
こんな状況じゃ魏を滅ぼすどころか長安維持すら難しいと思うのですが孔明には北伐後どんな戦略があったのですかね

魏を滅ぼす事は無理だろうがとりあえず魏はウザいから攻め続けるよ
平和を維持してたら蜀が繁栄してる間に魏はもっと繁栄するからとりあえずよく分からないけど戦場で魏兵を一人でも多く殺しておけば良いんだろ?

程度の考えだったんですかね
三国時代以後の異民族侵略の戦犯は諸葛亮の罪が多くないですか?
勝てる見込みも無いけど滅ぼされないためにとりあえず殺しまくって中華内で足を引っ張りあって共に墜落していくって

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ste********さん

2013/7/401:19:50

まず、天下三分の計自体は諸葛亮のオリジナルではなく、古くからある思想ですし、
後漢末の名士の中でも諸葛亮以外にもこの発想を持った人物はいました。
とうぜん、関羽の失態による荊州失陥でこの計画は崩れました。
理屈の上では、諸葛亮の戦略は破綻していたわけですから、夷陵の戦いの敗北で、
荊州奪還が不可能になった時点で、魏が打倒できる可能性はほぼなくなったことは
諸葛亮にも分かっていたはずです。

では、なぜ国力が疲弊するにもかかわらず北伐をつつけたのか。
それは蜀漢の存在意義だからです。
国家とは本音と建前の間に揺れるものです。
本音として戦っても無駄であっても、建前として戦わざるを得ないのが蜀の立場なのです。
いみじくも劉備が言ったように、曹操と反対のことをしなければならないのが蜀の立場だったわけです。
蜀にとって魏はイデオロギー的な対立を抱えていたわけです。
簒奪者である曹操政権を認めないのが蜀の存在意義です。
ゆえに魏を打倒せざるを得ない、という自縄自縛に陥っているわけです。
たとえば、冷戦期における各国は互いの陣営と敵が明確なため、
逆に戦略上の自由さを欠いていました。
そういう意味では呉が一番自由な立場にいたわけです。
天下統一に縛られることもなく、その時の状況によって、魏とも手を組み、蜀とも同盟できる
フレキシブルさを持っていたことが、呉が三国の中で一番長生きできた要因かもしれません。

諸葛亮の偉大さは、絶望的な状況の中で最善の努力をしたことと、無類の忠誠心が
後世の人々に感銘を与えたことです。
本音だけで生きる人間はまず尊敬されません。
優秀な政治家は、国家にとっての建前を口先でない形で実行し、
できるだけ本音と乖離しないように取りまとめることのできる存在です。
現代でもどこの国家も建前で動いていて、その帳尻をいかに合わせるかが政治家の腕の見せ所なわけです。

ちなみに諸葛亮が無駄な抵抗を続けなければ、もっと早く天下統一できたと考える人もいるでしょう。
では天下統一すれば平和になるのかというと、後漢末から晋の時代において、実は一番安定していたのは
三国鼎立期なのです。
黄巾の乱以前から、各地で反乱が頻発し、民衆は困窮していました。
これは統一王朝であった後漢時代なのです。
晋も統一後、すぐに八王の乱が勃発し、統一王朝であるにもかかわらず、戦乱の世になってしまいました。
三国時代は各国の局地戦が時々行われるだけで、
意外と平和だった時代です。
民衆からすればたぶんましな時代だったでしょう。

>三国時代以後の異民族侵略の戦犯は諸葛亮の罪が多くないですか?
大きな勘違いです。
まず、五胡十六国時代の到来は歴史の必然です。
たとえ、劉備か諸葛亮が天下を統一しようが五胡の中国侵入は同じ結果になったはずです。
これは世界史レベルの現象です。
西ヨーロッパのゲルマン人の大移動もこれに連動したものです。
ヨーロッパではゲルマン人たちがローマ人たちと対立融合しつつ新しい時代の担い手になりました。
中国でも五胡の異民族と漢人が対立融合しつつ、新しい時代を築きました。
ですから、単純に五胡の侵入はマイナス要素というわけではないのです。

もう一つ言えば、五胡の傭兵化を一番に行ったのは曹操です。
永嘉の乱によって西晋を滅ぼした匈奴は、曹操によって并州に定着させられた人々たちです。
もちろん諸葛亮たちも氐や羌を懐柔しようとしていました。
五胡十六国時代を異民族の侵入による平和の破壊と見るのは一方的すぎます。
曹操や諸葛亮たちの行為は歴史を後退させるものではなく、
胡漢融合へ歴史を進歩させる長期的な一歩だとみなすこともできるでしょう。

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par********さん

2013/7/400:32:55

蜀漢の大義名分は、賊(魏)を征伐して漢王朝を再興する
というものでした。
都へ到達して天下に号令する。というのが最大のシナリオ
で、そうなれば魏を本当の逆賊として討てる、ということですね。
まぁ、現実には強い方が正当で、漢王朝の言うことを聞いて
くれる人の少ない状態になっていたことも確かでしょう。

後漢から三国時代に掛けて、中国の人口が激減します。
3分の1になったと言われますが、戦争のための飢餓、飢饉、
疫病などで、農業や軍備なども縮小していたことは明らかです。
西晋が北からの圧迫を受けても対抗し切れなかったのは、戦争
の影響ではないと思いますね。
もちろん、攻める側のまとまりのあるなし、勢力の大きさも時代に
よって変わっていたとは思いますから、諸葛亮も司馬氏も責める
わけにはいかないと思いますね。

sho********さん

2013/7/205:51:32

長安~洛陽間と漢中~長安間の距離はあまり変わりません。ただ秦嶺山脈と言う険阻があったので進軍が困難だったのです。長安~洛陽間も秦嶺ほどではありませんが潼関と言う隘路を扼す要衝があり、大軍の運用は困難ですし、ここを押さえられれば関中盆地への侵攻ルートは河内方面と南陽方面に限られますので、比較的守備は容易でしょう。

また長安・関中地方を奪取出来る状況下ですと魏側にも大きな被害を与えたと想定出来ますので、魏側の反撃も鈍くならざるを得ないでしょうから、関中地方を蜀漢の領域と確立する時間も与えられたかもしれません。そうなると戦国期の秦と同等かそれ以上の版図となりますので、蜀漢とすれば漢中を得たどころでない大きな飛躍となるでしょう。

そこまで魏との距離が近くなり対峙と言う状況になれば魏側に変事が起きた場合にも迅速に対応出来るでしょう。実際、姜維は諸葛誕の乱などに呼応して出兵していますが余りにも遠すぎて余り意味が無い結果となりましたが、関中からの出兵だと全く状況は地がったものとなるでしょうね。

とは言え、これは長安・関中地方を奪取出来たら、と言うお話で実際的には長安・関中地方の奪取自体が非常に困難な事業ですから、諸葛亮としても、まずは瑯西地方、そして長安・関中地方への展開と言うのが短・中期的な目標であって、それ以上の事はままず短・中期的な目標を達成してから、と言うのが現実的では無いでしょうか。

ですから少なくとも魏がウザいから攻め続けたとかではないでしょう。可能性は低いかもしれないが、最大限の努力をした、と。
結果を知っている後世の我々からすると無駄な努力かもしれませんが、当時の彼らは知る由も無い。ですから無謀な作戦行動はとっていません。逆にやけになっていれば魏延の案とかを採用してたでしょうね。

晋以降の異民族の侵入は三国の抗争も影響が無くはないですが、それを言うと曹操も孫権にも原因を求めることになりますし直接的には八王の乱が元凶ですので、諸葛亮にその原因を求めるのはおかしいと思います。

kab********さん

2013/7/117:20:36

長安を攻城するのはかなり難しいので 長安を奇襲でたいした損害も無く 建物も無事で食料 兵器を手に入れられれば 籠城することは数年は可能だったはずです。

魏は5倍か6倍かの兵力で反撃してくるでしょうが そこで孫権が徐州を攻めれば 兵力が分散するので維持も可能かもしれません。

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