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三国協商の約10年後に日露戦争=ハルノート受託後、数年後に日米開戦での勝機は?

gnd********さん

2013/7/2412:53:42

三国協商の約10年後に日露戦争=ハルノート受託後、数年後に日米開戦での勝機は?

日露戦争はギリギリで何とか勝利して、それで運よく講和しました。
三国協商にて、臥薪嘗胆(約10年)それでも、勝利は微妙!
明治の政治家・軍人はそれを熟知しており、痛感・認識してた様ですが!

ABCD包囲網、ハルノートを受託し、ドイツが東部戦線で敗北。

連合艦隊司令長官の山本五十六の短期決戦・積極的攻勢で結果的に戦線拡大。
海軍軍令部は、想定通りの南方地帯確保して長期持久戦での漸減邀撃作戦。

自分としては、敗北の原因は現場(連合艦隊)と本店(軍令部)の不一致や、焦り・楽観主義等ですが、アメリカ・イギリスは大国です。三国協商の時の様に、備えを固めて、戦えばあれほど敗北・負け方はせず、運が良ければギリギリ講和出来たのでは?

ま、原爆開発でジエンドでしょうが、サイパンの要塞化や、より準備した漸減邀撃作戦で緒戦は大勝機を得ると思うのですが?
さすればソ連でも仲介に何とか講和出来るのでは?

補足スイマセン、三国干渉でした。
10年とは言いませんが、東亜の覇者・日本と西洋の超大国アメリカはいつかは戦争する運命だったと思います。これは太平洋を隔ててますが、遠い隣国だからです。当時の政治・歴史学者も、近い将来戦争は必至と予想してます。ただ太平洋戦争は日本の準備不足だった感、大いに有り。ハルノートを受託すれば、泥沼だった中国からの撤退にて足枷(かせ)が取れ、米国憎しにて準備する事も可能かと?ドイツとソ連も米国が参戦せずば、どう推移するか分かりません。ただ1941年12月8日から始めるより、結果的には、作戦面や、外交面で優位だったのでは?

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log********さん

編集あり2013/7/2600:44:00

戦略の不一致や楽観主義、焦りなどが敗北の原因というのは
その通りだと思いますが、「三国協商」は「三国干渉」の間違いでは?
普通「三国協商」と言えば、第一次世界大戦前のイギリス、フランス、
ロシア三国間の協調・協力関係を指しますから。


>ハルノート受諾後、数年後に日米開戦での勝機は?

ハルノートを受諾していた場合、日米戦争は99%起こらなかった
と思います。

日本が米英との開戦を決めたのは、ヨーロッパでのドイツの
勝利をあてにしていたからです。

しかしハルノートを受諾して外交交渉継続となれば、
その間にドイツ軍によるモスクワ攻撃の失敗と対ソ戦の長期化が
明らかになって、ドイツが短期間で欧州戦線での勝利を得ることは
できないということがわかりますから、その場合日本は、
南方資源地帯への進出と米英との開戦という国策を再検討する
ことになったはずです。


(捕捉)

宿命論者みたく「日米は戦うしかなかった」って言う人がいますけど、
私はそういう見方はとらないんですよ。


日米対立の最大の原因だったのが、日本軍の中国からの撤兵問題。

これが日米交渉の最大のガンであり、交渉が決裂して日米開戦となった
最大の理由も、日本の陸軍が頑として中国大陸からの撤兵を拒んだ
から。

ハルノートを日本が受諾すれば、これを基礎として中国からの撤兵を
巡る日米間の折衝が始まり、陸軍も基本的には、
大陸からの撤兵と戦線縮小の方向で動くことになります。
またハルノートが要求していたインドシナ半島からの日本軍の撤退も
実現すれば、当時アメリカがもっとも警戒していた日本軍の南進と、
それによる軍事的な脅威も当面は消滅します。

そうなれば、アメリカが経済制裁によって日本を圧迫する必要は
なくなりますから、結果として日本が武力南進に踏み切る
必要もなくなります(日本が米英との開戦に踏み切ったのは、アメリカと
同盟国の経済制裁によって供給が絶たれた軍需物資を確保する
必要に迫られたため)。

当時のアメリカの最大の敵はドイツであり、ドイツによる勢力拡張の
阻止がアメリカの最優先目標でしたから、
中国大陸からの撤兵と南進策の中止について日本が同意するので
あれば、アメリカが積極的に日本とことを構える必要はなくなります。
アメリカのルーズベルト政権は、当時大西洋で活発化していた
「宣戦布告なき戦闘」(アメリカ海軍によるドイツ潜水艦Uボートへの
挑発行為)を拡大させることで、同盟国であるイギリスを助ける
ためにどのみち対独戦に参戦する腹積もりでしたから、
何もドイツの同盟国である日本を挑発してまで対独戦の道筋を探る
必要はありませんでした。

アメリカとすればドイツとの戦争さえ始められればよいのであって、
必要性もないのにわざわざ日本との戦争を引き起こす理由は
ありません。
アメリカだって、当時世界三大海軍国の1つだった日本という強国を、
対独戦を戦いながら同時に敵に回すことは極力避けたいと
考えるでしょう。アメリカにとって主敵はあくまでドイツであり主戦場は
ヨーロッパですから、日本との戦争で太平洋方面に軍事力が
割かれ、それによってヨーロッパ方面で使用可能な軍事力が減るのは
困ったことだからです(現にこの問題で、日米戦が始まったあとに
米英の軍事当局者の間で論争が起きている)。


アメリカが経済制裁に訴えてでも日本との戦争が必要だと考えるように
なったのは、日本軍が仏印(フランス領インドシナ)に進駐することで、
アメリカの同盟国であるイギリスの植民地を軍事的に圧迫する
姿勢を見せたからです。
イギリスの極東植民地に対して日本の軍事的な脅威が増すことは、
当時ドイツを敵に回して戦っていたイギリスを苦境に追いこむ
ことになりますから、そうした事態はアメリカとしても座視できないと
なるわけです。


以上はアメリカ側の事情ですが、日本にしても、ハルノートを受諾して
中国大陸から撤兵することを決意できたのであれば、
やはりアメリカと戦争する必要はありません。
中国大陸とインドシナからの撤兵問題で妥協が成立すれば、
アメリカの経済制裁も緩和されて日本が南進する必要性が薄れますし、
最初に述べたようにそのころにはドイツの苦戦も明らかになるので、
ドイツ頼みで伸るか反るかの大博打を日本が打つ前提が崩れる
からです。

常識的に考えて、外交的に妥協できる覚悟があるのであれば、
「石油」という戦争遂行に不可欠な戦略資源を売ってもらっている国に
対して、自分から好きこのんでケンカを仕かけるオッチョコチョイな
国は存在しないでしょう。
想像ですが、ハルノートを受託して中国から撤兵した後の日本は、
東洋における「フランコ統治下のスペイン」たいな存在になっていたと
思います。
まあそれ以前の話として、日本があの時点でハルノートを受諾できた
可能性はかなり低かったでしょうが・・・・

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yuu********さん

編集あり2013/7/2604:08:52

>=ハルノート受託後、数年後に日米開戦での勝機は?
ますますゼロなります。
日米開戦に至った前提を無視されています。
外交的な導火線は、ナチスドイツによる対仏戦完勝でした。
これによる植民地本国の敗退による東アジア情勢の軍事バランスの不安定化が生じました。
イタリアの火事場泥棒のような参戦を目にして、「上手いことやる」と考えたのが陸軍沢田に、松岡であり、更に発展させた”東亜秩序”なる構想を描いたのが近衛でした。
第二次大戦の日本の参戦は、ドイツの勝利を前提にしています。
IFはドイツの敗北は確定してますから、二正面作戦を避けられた英米とまともに戦うことになります。それどころか、世界中が敵です。

日米主戦論の原動力となったのは、避戦派であるとの信者に不足しない山本の好戦性と真珠湾攻撃構想です。
少なくとも山本は、主力艦隊に打撃を与えれば短気で勝利できると考えて、日米開戦に突き進んでいきました。
昭和15、16年の時点で、日米の海軍力はかなり拮抗していたのです。
山本五十六や海軍の思考は「今のうちなら米国に勝てる戦力がある」が根本です。
IFではたとえ核を除外しても、正規空母だけでアメリカは30隻を余裕で揃えられ戦力の差は絶望的です。

日本の経済の停滞は統制経済が原因です。たとえ日中戦争が収束してくれたとしても、経済が”米国に追いつくほど”活気を取り戻すのは不可能です。
アメリカとはますます格差が広がり、それにともなって技術や工業力の差もいっそう絶望的です。

ABCD包囲網など存在しませんし、ハルノートは試案に過ぎません。だから、受けない=戦争には本来ならないのですが、これは本題でないのでこれ以上は踏み込みません。

サイパンの要塞化は二流の戦略家の石原莞爾も言ってますが、無意味です。
島嶼の攻防戦では、制海権と制空権を喪失したら陥落は時間の問題です。もし、要塞化によって攻略が困難なら他の島を攻略すればいいだけです。サイパンでないとB29は運用できないわけではありません。結果トラックやラバウルのように無視される島がひとつ増えるだけです。
難攻不落の要塞にこもる大軍は餓死・病死続出の未来が待っています。

>より準備した漸減邀撃作戦で緒戦は大勝機
国力、軍備、技術力に格差が広がった段階では、より準備したところで絶望的な現実があるだけです。
ドイツが敗戦しているのだから、それを相手にしないだけでも英米相手となれば、日本は二正面作戦を強いられますよ?

ナチスドイツの快進撃による欧米の動揺、日米の海軍力の拮抗、山本の真珠湾攻撃構想、これらの歯車が一致したからこそ、日米戦は行われたのであり、そして、序盤の快進撃と1945年までの戦争となったのです。
10年後にはこれらは全て失われていることは確実で、いかに対米戦のつめをとぐことに集中してもそれを埋め合わせる利点が生じる可能性はありません。
もし、そんなことをやったら、史実以上に悲惨な負け方をして、そして、次のように言われるでしょう。
「今更戦争をやるのだったら、10年前にやっておけばよかったんだ。あの時ならドイツがいたし、海軍は差がなかったし、真珠湾構攻撃構想だって使えたのに!」

補足。
日米戦は外交の失敗と錯誤の結果であって、運命論ではありません。
日本にはアジアの覇者になる必要性などなく米国と協調する道はありました。
>近い将来戦争は必至と予想してます。
こういった妄念こそ成功した明治の軍人、政治家になかったと認められませんか?
明治の人間にあって昭和の人間になかったのはこの種の健全さだということを、今なお多くの人が認められません。
健全でないから自国も相手国も、熟知も冷静でいることもできないのです。

>米国憎しにて準備する事も可能かと?
独ソ戦はバルバロッサが失敗した時点でドイツに勝機はありませんでした。米国の参戦は勝敗に影響ないのです。
論理矛盾があるのを理解してください。
日本が米国憎しで戦争準備に邁進しているのに、”いつか戦争する運命”の相手米国はその間に対日戦を準備しないのですか?

日本の国力や産業は、敗戦による植民地の喪失と統制経済の解除があったからこそ実現できました。
中国からの撤兵ごときでは国力は回復しません。
冷静に考えましょう。
外交・・・当時欧州の覇者だったドイツ以上の同盟国が現れる算段がありますか? ソ連が仲介者になる要素などありません。独ソ戦で関特演をやった日本と武器援助をしてくれた米国ですよ? 日本が宿命の相手なら米国は対日戦のために中ソを味方に引き込まない理由はないです。
戦力(国力)・・・上述で答えますが、数年の間に日米の経済格差が縮まる可能性がありますか?
作戦・・・同盟国を得られず、経済力が回復しないなら、日本は多方面から侵攻を受けるし対抗できる戦力がないですよ。
漸減邀撃作戦は米国とサシでないと成り立ちません。

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