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戦時中、憲兵や特高警察だった人たちは

him********さん

2007/4/1619:39:11

戦時中、憲兵や特高警察だった人たちは

戦後になったら、いろんな人からの仕返しを恐れて
逃げ回ったり、身分を隠したりして生活をしたのでしょうか?

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lzc********さん

2007/4/1622:57:29

そんなケースも個々には確かにあったようですが組織的に集団リンチに遭遇した人はいなかったようですし戦後の世の中では正体が判明しますと無茶苦茶批判されるのがよく判っていましたから元の身分を隠して他の分野で働いていた人は多々いた様子です。
例えば内務省が戦後解体され土木局が建設省(今の国土交通省)として独立しましたが元の官庁が内務省だった関係からか事務官には元特高警察関係者が結構多くいたそうで酒の席で酔っ払って口論となると「グダグダ言ってるとオマエもアカと同じように拷問にかけてやるぞ」と凄まれ閉口した事もあったそうで→亡父から聞いた実話です。
同じく戦後に建設省へ入省した先輩の中には元憲兵なのに何故か技官で不思議に思っていたところ憲兵になる前は工兵だったので土木技術仕事に自信があるからここの役所へ入省した、俺が元憲兵だった事は内密だぞと釘をさされた事もあったとか→これは余談ですが中野学校について書かれた書籍に相当機密度の高い謀略作戦に参加した人物の一人が職場の先輩だったのを知って仰天した、なんて事もあったそうですよ。なんでトンカチ官庁と揶揄された建設省にこんな人材がいたのか不思議な気もしますがああいった方面の関係者は入省し易かったのでしょうかね。
些細な一例ですがこんなケースは他の企業や官庁でもかなりあったと思われますよ。

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apo********さん

編集あり2007/4/2013:16:14

あの在日の東大の姜教授の叔父は、朝鮮出身の憲兵でした。
戦後、日本に帰化しています。

悪口を言うのは、取り締まられた対象がいっているのです。

取締りの原因は、32年テーゼにしたがって、日本国内に内乱を起こして、革命として、日本をソ連の属国にしようとしていたからです。

こんなものは、どこの国でも弾圧されます。

なお、小林多喜二は痛ましい虐殺でした。

しかし、小林多喜二がソ連共産党日本支部の日本共産党の一員として、なにをしていたかは、知るべきです。

昭和6年10月、非合法の共産党に入党、翌年より地下活動に入る。この部分はなぜか、消されている。

堂々と生きていた。

補足、
peaceact.jca.apc.org/paml/2500/2593.html

jjm********さん

2007/4/1620:30:11

普通に職務をこなしていただけなら逃げたり身分を隠したりはしなかったでしょう。
戦後は公職追放などで失職したり風当たりは強かったと思いますがしばらくすると警察官などに復職しました。
憲兵というと民衆を圧迫するイメージがありますが軍内の規律を維持したりするなど必要な面もありました。

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