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モンゴル軍の戦法が、島津軍の釣り野伏せに似ていると言う話を昔ちらっとネットで...

ops********さん

2013/9/2600:09:49

モンゴル軍の戦法が、島津軍の釣り野伏せに似ていると言う話を昔ちらっとネットで見たような気がするのですが、実際の所はどうだったのでしょうか?

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na_********さん

2013/9/2605:24:55

全く別ものです。
軽短弓騎兵中心の戦術と、歩兵中心の戦術が、同じものになるはずはありません。
どこが似ているのか全く理解できません。
モンゴル軍の野戦での戦術は、騎馬にむよる狩のやりかたと同じで、敵を周囲から弓で射て、敵が攻撃してくればかわすのが基本です。
敵をおびき寄せて奇襲することを目的とした釣り野伏せとは、全くちがいます。

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bir********さん

2013/9/2807:46:13

チャイナご自慢の万里の長城は、モンゴルの侵攻に対して
アンマリ役に立たなかった。
だが、こうした長城はチャイナだけでなく古代ローマ帝国でも
異民族の侵入防止に使われていた。結局、古代ローマも
長城の防御を突破されていき滅亡したが。
日本もモンゴルの侵攻を2回うけた。しかし征服されなかった。
カミカゼが吹いたというが、実は、台風が利したのは1回目
だけだった。2回目は、日本側も1回目の無策で戦い損害が
多かったのを反省し、蒙古側が最初に上陸して攻めてくる
だろうとする九州北部に石垣で出来た防塁の群を作った。
長城と違うのは、こうした防塁群は線として完全に、つなげ
ては無いが、防塁どうし連携を 密にして共闘したため、
2回目の元寇は、蒙古側は戦果が少なく苦戦して
アキラメ撤退していった。

gen********さん

2013/9/2612:44:53

ていうか、ですが、「偽装退却」という戦術は、極めて平凡なもので、古今東西の戦場で使われていましたし、今も使われます。別にモンゴル軍や島津家の専売特許ではありません。

似てるというか、細かいやり方はそれぞれあっても、本質的には同じものです。戦術のイロハですよ。

ていうか、ですが、「偽装退却」という戦術は、極めて平凡なもので、古今東西の戦場で使われていましたし、今も使われます...

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