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日蓮大聖人は「開眼の仏事」が天台宗を謗法と化したと破折。御本尊は開眼する側で...

カンキチさん

2013/11/822:46:50

日蓮大聖人は「開眼の仏事」が天台宗を謗法と化したと破折。御本尊は開眼する側であり、開眼されるものではない!

●信徒を脅すために「開眼」を強調し、かえって本尊の意義を狂わせる日顕宗。

大聖人の

当時、「開眼」の儀式は僧侶の重要な「収入源」となっていた。そのため、どこの宗派も「真言」を用いて「開眼」の仏事を行っていた。

「法華経」を依経とする天台宗も同じで、布施を取るために、教義的に謗法であるはずの「真言」を用いて、「開眼」の仏事を行い、そのことが、天台宗が謗法に染まった一因でもあった。

そのことを大聖人は「報恩抄」で次のように仰せだ。
「天台宗の人人画像木像の開眼の仏事をねらはんがために日本一同に真言宗におちて天台宗は一人もなきなり」(御書三〇九頁)

すなわち、天台宗の人々は信徒から布施を取ることに躍起になって「開眼の仏事」を行い、その結果、謗法の宗と化してしまった。

今の大石寺も原理は同じだ。宗門事件が起こるまでは、本尊の「開眼」など、宗内で誰も耳にしなかった。ところが、創価学会が本尊授与を始めた途端に、「開眼が必要」と言いだした。彼らは、信徒を脅すために「開眼」という言葉を利用し、かえって御本尊の意義を狂わせてしまっている。

●御本尊は開眼する側であり、開眼されるものではない

●日達法主の時代は、豊島区・法道院から御本尊を発送

昭和三十年代に授与されていた日寛上人の御形木御本尊は、東京・池袋の法道院で印刷し、全国の末寺に直接、発送されていた。宗門が言うような、本山での法主の開眼など御形木御本尊については全く行われていなかった。それは
日達法主の時代まで続いていた。日顕の代になり、本山に御本尊を扱う「第三課」という部署が出来た。しかし、御本尊の印刷は、外部の印刷会社が行っている。そして印刷会社が運んで来た御本尊を僧侶が印刷の状態を確認して箱に詰め、各末寺に運送会社を使って発送している。その際に、「開眼」などの特別な儀式などしていない。これが歴史的事実である。



これをどう思いますか?



日蓮正宗外部改革派憂創同盟

天台宗,開眼,仏事,日達法主,御形木御本尊,法華経,題目

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ベストアンサーに選ばれた回答

dak********さん

2013/11/917:04:14

>御本尊は開眼する側であり、開眼されるものではない


まったく、その通りであり、そもそも、釈尊も天台も
法華経(の題目)を本尊にしていました。
人が先ではなく、法(法華経)から仏が生まれたと
いうことですね。まさに開眼されるのは法華経の題目(本尊)
の側ではありません。

質問した人からのコメント

2013/11/9 17:09:36

日蓮大聖人は、当時の複雑な階級制度や檀那のおかれた状況を鑑みて、敢えて 法華経による仏像開眼供養を允可されたのであり、造仏・読誦を蓮祖興祖の本意と吹聴する身延の輩は、本末転倒としか言い様が無いのである。

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