ここから本文です

火垂るの墓で節子が亡くなったのって、叔母さんじゃなく、清太が一番悪くないです...

a_c********さん

2013/11/2300:04:49

火垂るの墓で節子が亡くなったのって、叔母さんじゃなく、清太が一番悪くないですか?

節子が栄養失調で餓死したのは、防空壕で生活することを選んだ兄の選択のせいですよね。
あの時代に未成年が妹を養えるわけ

もなく、嫌みも我慢して、叔母さんの家に大人になるまでいるべきでしたよね?。
そうしておけば節子の餓死だけは避けられたはずです。

閲覧数:
13,056
回答数:
10

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

jmd********さん

編集あり2013/11/2300:51:49

私もそう思います。

この映画を、子供の頃に観た時は、ただただ悲しくて、叔母さんが憎く、ひたすら二人が可哀相と思いました。戦争は愚かなことだと訴えているのだと思いました。

大人になって観た時は、愚かな戦争に悲しくなるだけではなく、清太のプライドに複雑な感情を抱きました。
フランダースの犬の主人公もプライドによって死に至ってしまった。
それと似ているなと感じました。プライドを捨てれば生きられたのに、でも自分らしさを捨てずにプライドを守ったんだと思いました。

けれど年齢を重ねて観てみたら、清太のプライドには共感出来なくなりました。
清太の行動は理解できません。
叔母さんには感謝の気持ちもまったくなく、家を飛び出し。そして、プライドなんて無く、盗みを何度も繰り返す。農家のおじさんの「頭を下げてあの家に戻れ」という忠告も、聞き入れず。
いったい彼は何を守ったのか。
どんな心情で映画を観ればいいのか、わからなくなってしまいました。

清太も、まだまだ未熟な思春期の子供だから、あのような行動は仕方のないことなのだろう、という意味なのか…。

私も年齢を重ねて、あの意地悪な叔母さんの気持ちも理解出来るようになった気がします。
あの状況では、清太には腹が立っていたかも。
節子を死なせたのはもちろん戦争ですが、清太の生き方次第で、生き延びれたはずですよね。

「火垂るの墓 節子 年齢」の検索結果

検索結果をもっと見る

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/9件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

plu********さん

2013/11/2817:04:34

大人に頼れば万事うまくいくのか・・・といったらそうはいかないのが戦争であって。嫌味に耐えさえすれば食料もらえたと思いますか?伯母さんの家にいた時点で節子の具合は悪そうだったので、あのまま家にいても死は避けられなかったかもしれません。そのままいたほうが生き伸びる「確率が高い」というだけの話であって「避けられた」とは言えないと思うんですよね。

あと、私たちは「火垂るの墓」を作品として清太の選択と結末・・・流れの全体像を見ています。結末を見て傍からタラレバ言うのは楽ですが、実際中学生くらいの年代であの場にいたらどうしてしまうのか私は想像もつきません。戦争がどういう結末を迎えたのか(清太は負けるという発想はなかったようですね)、どういう病気が流行しどういう対処をすればいいのか、どこにいけば仕事があるのか、どういう考え方があるのか、こうやってネットで調べることも赤の他人に意見をきくこともできませんしね。

清太の選択は結果的に「過ち」と言えるかもしれませんし、働こうという意思もほしかったですが、清太なりに必死だったのだと思います。伯母さんも間違っているとは思いません。

vnf********さん

2013/11/2418:27:13

一番悪いのは戦争です。
結果を見るにあのまま大人になるまで叔母さんの家にいるべきです。
清太が出ていくことを止めることができた叔母さんも清太と同じくらい以上に節子の餓死を避けられます。

asd********さん

編集あり2013/11/2321:00:40

見てて可哀想だとも思ったけど、同感です。

清太はおぼっちゃまが抜けきれず、生きる術と言うか「したたかさ」がなかったんですね。
戦争がなければ死ぬ事がなかったのは前提ですが、
戦時中に居候。
更には、働きもせずただ家にいる。
皆が大変な思いをしているのにピアノを弾いて鯉のぼりを歌う。

叔母さんに嫌がられるのは必然だったと思います。きっと違う家に行ってもあの態度なら一緒だった気が‥

言っても今の時代とは違いますから‥
今は14才と言えば子供ですが、あの時代は一人前として扱われていたのではないでしょうか。9才や10才でも働いてる子は働いていたと思います。
働かざる者くうべからずです。

叔母さんに指摘されても改善もしない。むしろ反発するだけ。
あれだと大人から可愛がって貰えるわけもない。
叔母さんからの風当たりが強くなるのも仕方ない気が‥

叔母さんが心配してる様子も感じられますし、心底悪い人ではない気もします。
あとしたたかさがあれば最初から全部食料を渡すべきではなかったですね‥
いざと言う時の為に半分位は隠しておくべきだった。その辺りがおぼっちゃまですよね(ちょっと厳しいかな)

あと妹が死にかけてる時に、近所のおじさんの忠告を聞き入れ、土下座をしてでも叔母さんの家に戻るべきだった‥「家事でも仕事でもしますから‥」とか言って。
妹が嫌がるとかそんな事言ってる場合でもなかったろうに。

どんな嫌味にでも耐え、二人で生活ができるメドがついてから再度家を出るべきだった。

生き延びるるチャンスは何度もあったのに全部、妹と楽しく過ごす為、プライドを取った為の結末だと思う。

ika********さん

編集あり2013/11/2318:16:50

でも節子本人のことを考えるとおばさんの家もう嫌やって言ってたしあれでもおばさんの家にいるよりかは幸せだったのかもしれませんよ 苦しんでたときでもやっぱり戻りたいって口にしてなかったし 自分たちがどうこう言って勝手にこうした方が幸せだったというのではなく本人たちの気持ちの問題だと思います 少なくとも自分は清太は悪いとは思いません寧ろ親が不在の中一人でよく節子を支えていたと思います 最終的には死なせてしまいましたが節子本人はそれでも最後までお兄ちゃんが大好きなままだったわけだし

gui********さん

2013/11/2317:58:57

普通に考えればそうでしょうね。
節子が栄養失調であの状態になれば、
兄としてもやはり西宮の親戚に戻る決断をするのが賢明だったかと思います。

一方で、糸井重里さんが名づけたキャッチコピー
「4歳と14歳で、生きようと思った」

このフレーズに象徴されるように、愚直にそれが非合理であろうとも、
独立して二人だけの住処で暮らしたかったという清太の堅い意思があったのかもしれません。

また、この原作は野坂氏の小説から来ていますが、これは半ノンフィクションといったところで、
架空でもあり、事実でもあるネタだと思います。
実際、野坂氏は、妹を栄養失調で亡くしてしまいました。
末っ子の妹に対しては彼自身、親身に愛してやることができず、自らの事に手一杯で、
見殺しにしてしまったと後に述懐していたようです。

洞穴で二人で暮らしたというシーンについては、創作であるかもしれませんが、
だとしても、彼自身が実際には妹に誠心誠意尽くしてやれなかった、
それをせめて本の中では妹思いの兄を演じていたい。。。
そういう願望が強く顕れて、結果的に西宮の親戚に頼らず、愚直なまでに
二人きりの生活で妹を「守り通したかった」のだと私は推察しています。

いわば、あの洞穴の生活は、野坂氏なりの逝去した妹に対する最大限のレクイエムだったのではないかと。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる