哲学 セックスを「小さな死」と問いたのは誰でしたっけ。
2014/1/1800:59:53
ベストアンサーに選ばれた回答
編集あり2014/1/1801:33:52
仏思想家のジョルジュ・バタイユが「エロティシズムérotisme」を、生殖を伴う性行為と対置的に定め「小さな死」と表現しました。セックスと表現するとバタイユに怒られます。それは何かを生み出す「ために」という目的性、生産性、有用性の次元に属し、単なる生殖活動に過ぎない。エロティシズムは逆に他者と一体となることで自我が崩壊し(脱自extase)、生命エネルギーを使い果たすことで擬似的に死を(瞬間的に)体感する「死のシミュレーション活動」です
近代は資本主義が極度に発達した経済的思考にどっぷりと浸かっている。「生産性のある議論だ」などといった具合に学問にまで経済的思考様式は浸透。最小限度の資本の投資でできるだけ多くの利益や価値を獲得しようと考えます
が、人間はそうした生産的思考(バタイユの用語で「限定経済」)ではなく逆に蓄積してきたもの(エネルギーとか利益とか)を何の惜しげもなく浪費するような非生産的思考(バタイユの用語で「普遍経済」)に魅惑する側面があるのではないかとバタイユ考えた
彼はモースの『贈与論』から人類学的知識を身につけた人間。資本主義的思考とは無縁の未開社会での交換体系をみると、そこでは経済学的な等価交換に還元できない贈与-交換システムが確認される。しかも「何かを得るために」という経済的思考の持ち主より、何の惜しみもなく自分の富を大盤振る舞いし、破壊する者の方が権威を獲得する現象(ポトラッチ)が見られることにバタイユは注目しました
では私たちの文化は未開社会と根本的に全く違うのか。そうではない。確かに我々は生産中心主義で生きているように見えるが、何かを破壊したい、利益や価値の世界から解放されたい、という人間の根本にある欲望がどこかで歪みとなって出現します。バタイユは、第二次世界大戦での惨劇に非常に心を痛めましたが、戦争こそ、資本主義経済の中で破壊されずに蓄積されていったエネルギーを破局的に消費した結果と考えました
人間は生きるためという自己保存本能ではなく、逆におぞましさや穢れを孕むような自己破壊本能を兼ね備えていて、死を必ずや必要とする、と
生存に必要なエネルギー以上のものを人間は「太陽」から受け取っていて、その過剰 excès を戦争のような直接的暴力に働きかけることなしに如何に象徴的にずらすのかがバタイユの問題意識にあったと言って良い。つまり生物学的な死ではなく、如何に模擬的=象徴的な「死」を実現するか、です
そうした象徴的な「死」の現れの一つがエロティシズム
文明社会、未開社会問わず、死=殺害の禁忌と並んで強くタブー視されているものがあります。それが性的なもののタブーです。文化人類学者レヴィ=ストロースが鮮やかに分析=謎解きを行ったように人間社会の至るところに近親相姦の禁忌など性的なタブーがあります
エロティシズムは「小さな死」。我々の社会でも人前でおおっぴらに性行為に出る人が基本的いないのは、やはり性が殺害と同じ程のおぞましさ(バタイユの用語で「呪われた部分」)を兼ね備えているからでしょう。下劣な話、性的快感であるオルガスムが頂点に達した時に叫ばれる「イク」という言葉は「逝く」でもあると思います(実際orgasmeは仏語では「小さな死」の意味をも持つ)
バタイユにとって重要なのは禁止を打ち破る力です
自然界の動物たちは自らの欲望に溺れるがままに生きています。人間も動物ですが、人間は理性的な動物で、欲望のままに生きる動物としての自己に「否定」を突きつけ、他の動物と自分たちとを区別します(この最初の「否定」によって主-客、俗-聖の構造が立ち現れ、自己意識という人間独自の性質が生まれるとバタイユはいいます。詳しくは『宗教の理論』を参照)
性の禁忌も最初の「否定」なのですが…この第一の否定は必ずその禁止=理性をさらに打ち破る第二の「否定」に連動しています。つまり禁止は侵犯を必ず誘発するということです。これがバタイユが重視する「二重の否定性」というものです(バタイユはこれをヘーゲル弁証法から学んだ)
この言い方をすると人間は元の単なる動物に回帰するだけ、ということになりますが、バタイユの場合には「二重の否定」は単なる元の状態への回帰を意味しはしません
それはやはり象徴的次元での回帰なのです
エロティシズムも性のタブーを打ち破る力ですから「二重の否定」の下に成り立つ象徴的な「死」ですが、これは人間存在独自の「死」の在り方です
エロティシズム以外にもポエジーpoésie、笑いrire、恍惚extase等の概念が価値や有用性=生産性を破壊される行為であるとバタイユは言います。これらを全てバタイユは供犠sacrificeと表現します(『エロティシズム』にも「供犠」の章があります)
本来禁止されるべき世界にタブーを犯す形で触れた時、人間は瞬間的に、生きながらにして死ぬ「至高性」状態に達するのだとバタイユは表現しました
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