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日本兵はマジで中国で強姦をしまくったのですか? 水木しげる氏の漫画で↓こんなの...

ffk********さん

2014/2/1319:30:36

日本兵はマジで中国で強姦をしまくったのですか?
水木しげる氏の漫画で↓こんなのがありますが・・

有名な強姦殺人犯・小平義雄は、自らの中国での従軍経験を「上海事変当時、太沽では強姦のちょっとすごいことをやりました。仲間4、5人で支那人の民家へ行って父親を縛りあげて、戸棚の中へ入れちまって、姑娘を出せといって出させます。それから関係して真珠を取ってきてしまうんです。強盗強姦は日本軍隊のつきものですよ。銃剣で突き刺したり、妊娠している女を銃剣で刺して子供を出したりしました。私も5、6人はやっています。わしも相当残酷なことをしたもんです。」と語っています。

水木しげる,強姦,銃剣,小平義雄,強姦殺人犯,極論,強姦罪

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ベストアンサーに選ばれた回答

atn********さん

編集あり2014/2/1320:18:35

そりゃ、平和な現代ですら、年間千数百件の強姦事件、殺人未遂を含めて千件の殺人事件が起こっているくらいですから、
それがノーリスクで行える中国の地ではこういう事は少なからず起きてました。

ただし、別に全将兵がやっていたわけではありません。
そういう事をしない将兵もたくさんいました。
しかし、残念ながらする人はいました。
しかもそのハードルは低めで「悪い先輩に誘われたら断れない」という感じでした。

要するに「日本将兵は高潔な精神を持ちそんな事をする将兵は全くもしくはほとんどいなかった」も
「ほとんどの日本将兵が強盗強姦の悪行を行った」の両方間違っています。
極論から極論に走らないほうがいいです。
現代の日本でも大量強姦魔や連続殺人を犯して死刑になる連中、
そこまで行かなくても一生、刑務所出たり入ったりとかいう輩はいるのですから。
人間、偉人から外道まで人それぞれです。日本人と言えども。

質問した人からのコメント

2014/2/20 07:39:12

驚く ありがとうございました

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nya********さん

編集あり2014/2/1822:00:24

atnpantanpan64465さん の意見を全面的に支持します。
学生の時に戦争時のことについて調べて論文を書けと先生に言われ日中戦争あたりから私は調べました。その時読んだ本は本当に極論ばかり書いてました。例えば日本軍は中国人を劣等人種と考えホロコーストしようとしたとか、中国の軍は正義の軍隊だったとか今冷静に考えるとひどい内容でした。残念ながらその本の名前は忘れました。しかし極論に走りすぎると事実が見えなくなってしまいます。例えば黄河決壊事件http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E6%B2%B3%E6%B1%BA%E5%A3%8A%E...
国民党軍は日本軍の進軍を阻むために黄河の堤防を破壊しました。
この作戦を行うとき中国軍は日本軍に悟られないようにあえて民衆を避難させませんでした。
そのせいで大量の死者が出ました。しかし日本軍には死者は両手で数えられるほどしか出なかったようです。
これが正義の軍隊がやることでしょうか?ちなみにこの時出た難民を日本は救助したりしています。もし本当にホロコーストを考えていたなら船の上から水上の難民に機関銃を掃射するはずですがそんなことはしませんでした。
また話題を変えますが先の大戦はアジア解放の聖戦で日本の自衛戦争だとか日本の一方的な侵略戦争だとか言う論争がありますがどちらも一方的な見方でしかありませんなので両方正しくて両方間違っています。
よって一方的な見方で歴史を判断するのはよくないと思います。

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umi********さん

2014/2/1421:21:38

しまくっていて、軍の上層部も問題視したから、日本軍は野放しの強姦から管理された強姦に移行させようとしました。

支那派遣軍総司令官、北支那方面軍司令官、第11軍司令官 等を歴任した岡村大将は回想録で以下のように記しています。

「昔の戦役時代には慰安婦などは無かったものである。斯く申す私は恥かしながら慰安婦案の創設者である。昭和七年の上海事変のとき二、三の強姦罪が発生したので、派遣軍参謀副長であった私は、同地海軍に倣い、長崎県知事に要請して慰安婦団を招き、その後全く強姦罪が止んだので喜んだものである。
現在の各兵団は、殆んどみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。第六師団の如きは慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である。」(『岡村寧次大将資料第一 戦場回想編』1970年、302-303頁)


この回想録で岡村も書いてあるように管理強姦施設を設置しても野放しの強姦は減りませんでした。


また、1939年に中国から帰国した精神科医で陸軍の軍医だった早尾乕雄中尉は軍医部と軍法務部から依頼され『戦場に於ける特殊現象と其対策』(1939年6月)という報告論文をまとめ提出しており、この論文でも野放しの強姦が減らなかったことが記されています。

『戦場に於ける特殊現象と其対策』1939年6月

「出征者に対して性欲を長く抑制せしめることは、自然に支那婦人に対して暴行することとなろうと、兵站は気をきかせ中支にも早速に慰安所を開設した。その主要なる目的は性の満足により将兵の気分を和らげ、皇軍の威厳を傷つける強姦を防ぐのにあった。……それでも地方的には強姦の数は相当にあり、亦(また)前線にも是(これ)を多く見る。……内地では到底許されぬことが、敵の女だから自由になるという考えが非常に働いているために、支那娘を見たら憑(つ)かれたようにひきつけられて行く。従って検挙された者こそ不幸なんで、陰にはどれ程あるか解らぬと思う。……部隊長は兵の元気をつくるに却(かえ)って必要とし、見て知らぬ振りに過ごしたのさえあった位である。……日本の軍人は何故に此の様に性欲の上に理性が保てないかと、私は大陸上陸と共に、直ちに痛嘆し、戦場生活1ヶ年を通じて終始痛感した。然(しか)し、軍当局は敢(あえ)て是を不思議とせず、更に此の方面に対する訓戒は耳にしたことがない。……軍当局は軍人の性欲は抑える事は不可能だとして、支那婦人を強姦せぬ様にと慰安所を設けた。然し、強姦は甚だ旺(さか)んに行われて、支那良民は日本軍人を見れば必ず是を怖れた。 将校は率先して慰安所へ行き、兵にも是をすすめ、慰安所は公用と定められた。心ある兵は慰安所の内容を知って、軍当局を冷笑して居った位である。然るに、慰安所へ行けぬ位の兵は気違いだと罵(ののし)った将校もあった。」

zvt********さん

2014/2/1400:01:06

水木しげるが言ってるんだから本当の事だと思いますね?

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