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祖母宅の仏壇にあるお位牌を見る機会がありました。文化十四年やら天保三年…とても...

you********さん

2014/3/2120:57:06

祖母宅の仏壇にあるお位牌を見る機会がありました。文化十四年やら天保三年…とても古い元号の物が出てきました。
その中で読み方の分からない物があったので、質問させて頂きます。
一文字目

はπを縦に二つ並べたような文字です。
二文字目は「保」です。
ご存知の方、どうぞ宜しくお願いします。

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

ohi********さん

編集あり2014/3/2219:00:45

天の異体字に同じような文字がありますので,天保です。
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%A9

〔追記〕
明らかに当を得た回答があるのにも拘らず,質問とは関係のないウンチクを並べ立てる人の気が知れません。

しかも書いていることには,幾つか間違いがあります。

水野忠邦による天保年間(1830~1844年)の天保の改革は,天保12(1841)年~14(1843)年のことであって,天保5(1834)年では決してありません。

時系列で言えば,幕臣(大坂町奉行所の元・与力)であった大塩が,幕府に反抗したからこそ,幕府は危機感を抱いて天保の改革を行ったのです。

また,お伊勢参りのブームと書いていますが,お伊勢参り(お蔭参り)は約60年ないし30年の周期で起きています。

この頃のお伊勢参りは文政13=天保1(文政13年12月10日に天保と改元)の春から夏にかけてであって,天保ではなく文政年間のことです。

質問した人からのコメント

2014/3/22 21:12:43

降参 私がどのジャンル?で質問したらよいか分からず、日本史ジャンルで質問したので色々な時代背景まで回答頂いたのですね(^^)
興味深く読ませて頂きました。
お二方、どうもありがとうございました。
1番に回答下さったohirune_daisukeさんにBAを差し上げます!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

isa********さん

編集あり2014/3/2218:42:11

それも天保(てんぽう)だと思います。
仁孝天皇の御代、今から170年~180年くらい前ですね。
『書経』仲虺之誥の「欽んで天道を崇び、永く天明を保て」が典拠です。
「礼あるものをいっそう取り立て、愚昧な乱暴者を滅ぼす、という天の道を今後もつつしみ尊べば、わが国に与えられた天命を長く保つことが出来ましょう」という意味の素晴らしい元号です。
天保年間には、天保の改革が行われ(天保五年)、大塩平八郎の乱が起きました(天保八年)。庶民は仕事も家庭も顧みずにお伊勢参りの大ブーム。遠山の金さんが活躍したのもこの頃です。

ちなみに文化はそれより前の、光格天皇の時代、200年くらい前です。
『易経』賁の「人文を観て、以て天下を化成す」というこれまた素晴らしい語句が典拠で、「文明で宜しきに止まる人文(人倫の秩序といった人間の文様)を観察して天下の人々を教化し風俗を完成すべきである」という意味の元号です。
間宮林蔵が樺太を探検したのが、文化五年(今から206年前)のことです。

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