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大東亜戦争、アメリカに宣戦布告しないで英蘭とだけ闘っていたら?

era********さん

2014/4/2613:18:16

大東亜戦争、アメリカに宣戦布告しないで英蘭とだけ闘っていたら?

大東亜戦争での敗因は真珠湾攻撃ではないかと。
硫黄島でアメリカ兵の負傷者が膨大になった頃、
もうアメリカは対日線を辞めたくなった。でもやめれなかった。
卑劣な真珠湾攻撃をやった憎きジャップを原爆を使ってでも皆殺しにしたかった。
真珠湾攻撃の直前のアメリカの世論は戦争反対97%
戦争賛成3%。
真珠湾攻撃直後は戦争反対3%、戦争賛成97%。
あの真珠湾のだまし討ちが元々反戦だったアメリカ世論を「汚いだまし討ちをした
憎きジャップを叩き潰せ、原爆を使ってもやむをえない、戦争大賛成!」に導いた。
あのアメリカ国民の戦争支持が無ければ空母の大量生産は出来なかっただろうし、
そうなれば日本海軍もずいぶん楽に闘えたはず。

一方、朝鮮戦争とベトナム戦争ではアメリカ世論は決して戦争を
支持しているとは言えなかった。38度線を越えて満州を攻撃
してははいけない、北ベトナムの補給基地の中国は空爆しない。
朝鮮戦争もベトナム戦争もアメリカは限定的な軍事力しか
出せていない状態、しかもアメリカ世論を無視して大統領の支持だけで戦っている。


もし、真珠湾攻撃をやらないで日本は東南アジアで英蘭にだけ宣戦布告して
いればよかったのでは。第一にアメリカ世論は戦争反対だから同盟国の英国が日本軍に
やられても英国を助ける目的で対日線に踏み切る可能性は低かったのでは。
第二に、もし、仮にアメリカ大統領がアメリカ国内の反戦世論(97%が戦争反対)
を無視して大統領の権限単独で対日戦に踏み切ったとしても、限定的な軍事力しか使えなかった。
少なくとも、戦争末期のように大量の空母を製造して日本海軍に差し向けるという事はありえなかった。
更に、日本は民主党のルーズベルト大統領だけでなく、共和党の議員、フーバー元大統領とも交渉して
アメリカ国内の反戦世論を徹底的に利用する。「共和党の皆様、我々日本は平和を愛する国民でございます、
にもかかわらずこの度、戦争に踏み切ったのは民主党のルーズベルト大統領殿が、このような内容の最後通告を
日本に叩き付けたからであります。これを飲めば原油が無い我が日本は滅びます。よって、この戦争は日本にとって自衛の為の戦争です。」と言ってハルノートの中身を共和党議員に公表する。ハルノートの内容を知っていたのはルーズベルトとその側近だけだったからそんなのを共和党議員に見せれば共和党を中心としたアメリカの反戦世論は更に激化。

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goo********さん

2014/4/2614:44:33

自分もそういう仮想をしてみたのですが・・・。

その3%という主戦派が問題で要するにルーズベルトやそのグル―プ、当時のアメリカ国政の最高幹部達なわけでしょ。
そういう連中は開戦のチャンスを虎視眈々と狙ってますから。チャンスが巡って来ないならこっちで作ってやれ、と。

日本軍はフィリピンを素通りして東南アジアへ進攻するわけだけど、きっとアメリカは謀略を仕掛けますね。フィリピン沖合でアメリカの軍艦が日本の軍艦に攻撃された、とか言ってそれを口実に海鮮に持っていきそうです。実際に衝突が無くても、ベトナム戦争の発端になったトンキン湾事件のように捏造もするかも。

それに97%の非戦派が根っからの平和主義者という訳でもないでしょう。日本は何となく目障りだがいちいち戦争するのも面倒くさい、という感情が多いんじゃないかと。

実際にアメリカは石油禁止など経済制裁を行いました。しかし近代以降、つまりナポレオン1世による大陸封鎖令以後経済制裁で「申し訳ございません。悪うございました」と謝った国など皆無なんじゃないでしょうか。ずっと耐え抜いて制裁した側も根負けして対話に応じるとか、制裁で済むかと思ったら戦争に発展してしまったとか。アメリカも経済制裁で日本が屈服するなんてありえずきっと戦争手段に訴えてくるだろうという目論見だったと思います。

きっかけの武力衝突なんて大規模なものでなくてもいい、とにかくきっかけさえあればアメリカ/ルーズベルトは世論工作をして開戦への道を開くでしょうね。97パーセントの非戦派もそこまで日本が汚い手を使うなら正義の鉄槌を下してやろう、と戦争支持に回るでしょう。

アメリカ人は一つの基準があるようで国際問題でもアメリカに非があるようなら大規模な対外行為は控えるべきだが、相手国に非がある時は徹底的に痛めつけてやれ、という考えがあるみたいです。(所詮アメリカの勝手な基準ですが)

結論:英蘭とだけ開戦しても近いうちにアメリカが仕掛けてきたと思います。その後の歴史の流れはそのまま。

質問した人からのコメント

2014/5/3 00:46:22

結論:
例:東南アジアでアメリカの商船を自作自演で沈めて日本軍の仕業にしてアメリカ世論を怒らせる。
アメリカ世論を怒らせる事件があるかどうかが鍵を握る、それが無ければアメリカ世論は戦争反対だから、限定的な戦力でしか日本軍と戦えない、それではアメリカ軍は日本軍に勝てないか、あるいは硫黄島で大激戦をやる頃にはアメリカ世論の戦争反対運動が激化して引き分けで終わる。

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bot********さん

2014/4/2618:59:29

義勇軍名目の派兵や英蘭中へのレンドリースの増額
あるいはフィリピン近海を通る日本船舶への強引な臨検の実施等 嫌がらせは山ほど出来ます
ていうか 戦前ですらヤッていました(例えば欧州に向かう日本人がアメリカ経由ルートを通るとき「密輸防止」の名目で執拗な取調べをしたり)

というのもセブンシスターズといいますが、インドネシアで石油掘っていたのもアメリカ資本です
(フィリピン以外の)東南アジアはアメリカと無関係、ではありません
また日本の開戦動機は「英米が重慶政権を支援した為」ですから 参戦しない分浮いた資源を中国軍援助に廻すって選択肢もあります

blu********さん

2014/4/2618:57:00

私もそう思います。
マレー沖海戦ではイギリス海軍の最新艦であったプリンス・オブ・ウェールズとレパルスは、
マレー半島東方沖で九六式陸上攻撃機と一式陸上攻撃機による雷撃と爆撃を受け、撃沈された。これによりイギリスの東洋艦隊主力が壊滅してしまったため、マレー半島東岸の制海権が日本軍の手に帰したのみならず、後のインド洋におけるイギリス海軍の敗北の序章となってしまう。

また、本国防衛・ヨーロッパ戦線およびアフリカ戦線に主要部隊が張り付かざるを得ない状況であったことから、マレー半島に配置された兵士の多くは世界各地のイギリスの植民地から集めた異なる民族の寄せ集めであり、統帥には苦心があった。特に多数を占めたインド兵たちは、生活の糧を得るためにイギリス軍に入隊したものの、祖国を植民地支配し抑圧するイギリス人のために、祖国から遠く離れたマレーの地で命を投げ出す理由など持ち合わせていなかった

空軍については現地司令部から本国へ幾度も増強の要請がなされたが、ドイツ軍との戦いに手一杯、かつ劣勢であった本国はこれに対応できなかったため、その数は十分とはいえず、さらにその中心はホーカー・ハリケーン等の旧式機とならざるを得なかった。
イギリス空軍は支那事変で実戦経験を積んだ零戦や隼を相手に完全に圧倒されることとなった。
日本軍は驚異的な速度でマレー半島を進軍し、イギリス軍を急追して開戦以来70日でマレー半島およびシンガポールを陥落させた。

当時マレーには500万の人口が居住し肥沃で農業が盛んで食糧は豊かであったため、現地での食糧などの調達も円滑に進んだ。

以上を考慮するとパールハーバー奇襲攻撃に使うゼロ戦を1941年のヒトラーの要請に従って、ソ連のシベリア軍を爆撃するのに使い満州に滞在していた85万の日本軍が空軍の援護を受けシベリア軍の背後をつけばソ連のシベリア軍はモスクワ救援に間に合わずドイツのバルバロッサ作戦は成功しモスクワ占拠、アゼルバイジャンのバクー油田確保し
イギリスとの戦闘において有利に進められた。
再度、イギリスへの爆撃を行いイギリス本土上陸制圧できれば枢軸国の勝利に終わり、ヨーロッパの大半が
ドイツ領となり、こんにちユーロという通貨は存在しなかった。

min********さん

編集あり2014/4/2614:23:34

★英蘭も連合国だからアメリカから日本へ宣戦布告をしたでしょうね。フランス領インドシナの出来事がアメリカを激怒させた理由ですから。アメリカ国民の敵愾心を煽ればいいのですから簡単です、第一次世界大戦時と同じ手段を取れば良いのです。第一次世界大戦の時は、ドイツが勝ったら欧州に貸している大金が返ってこなくなると政府が先頭に立って国民感情を煽っています。結局簡単にアメリカは出兵しました。


アメリカが激怒したのは、「フランスのビシー政権(ナチス傀儡政権)のインドシナ半島(フランス領)カトルー総督が日本へ願いをだしてそれに日本が答えたこと【日本軍の1941年7月28日に仏印南部への進駐を開始】」が決定的な出来事でした。

アメリカは、その後、モラルエンバーゴを発動。

ナチス政権と大日本帝国に対して、石油禁輸処置をとります。


▼当時、日本はドイツのバルバロッサ作戦に合わせて、ソ連に攻め込む準備をしていました。しかし、海軍が猛烈に反対、国民の意識を北進政策から削がすため、インドシナへ進出したのです、ビシー政権の許可も取ったし安全コースのつもりでしたが、フランス亡命政権のド・ゴールも批判し、連合国軍を敵に回します。とくにアメリカは日本に対してさらに強行に迫り、石油禁輸処置を行ないます。日本側でいうABCD包囲陣の体制が出来上がります。石油禁輸処置を受けた日本は、海軍主導派が南進政策を掲げて、北進政策は立ち消えになりました。

★英蘭も連合国だからアメリカから日本へ宣戦布告をしたでしょうね。フランス領インドシナの出来事がアメリカを激怒させた...

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