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夜分にすみません。 捕鳥部万 以前に、知恵袋でお勉強したのですが教えて下さい...

hai********さん

2014/6/323:45:37

夜分にすみません。
捕鳥部万
以前に、知恵袋でお勉強したのですが教えて下さい。お願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

shi********さん

2014/6/401:51:27

はい。
僕個人としては、歴史の大きな流れの中、その余話のような形で『日本書紀』におさめられている人物。
しかし、その人間的な輝き。そして、それぞれの立場が負う「自分自身」と、それこそ、その「個人の人格」この両者のはざまで苦しみ、はてには命を失う彼が、とても気になっている事は確かです。

では、『日本書紀』は、彼をどのように伝えているのか?

捕鳥部万が活躍する時代。同時代に活躍した人物をあげれば、蘇我馬子・物部守屋・炊屋姫(推古天皇)などがあがります。

中でも彼は物部守屋の部下として、現在の大阪にいました。簡単に言ってしまえば、当時の朝堂の二大勢力の一角、物部守屋の持つ、大阪支店の支店長と言ったところでしょうか?

時の大連(おおむらじ)の根拠地である、当時の大阪の支店長ですから、まぁ、それなりの地位は確保していたのでしょう。
しかし、彼の人生には深い落とし穴が待っていたんです。
物部守屋の敗死。

物部守屋と蘇我馬子は崇仏論争はもとより、様々な面で対立を深め、ついには戦いが繰り広げられる「丁未の乱」などと呼ばれる戦いですね。

この戦いは苛烈を極める。
そして、おそらく捕鳥部万も、主人の物部守屋が政治的に微妙な立場にあったことは、承知していたのでしょうが、よもや大乱戦を繰り広げ、戦死するまで切羽詰まっていた事を知らなかったようなんです。

むろん、物部守屋の敗死は、ただちに捕鳥部万のその後に暗い影を落とすことになる。
朝廷はなおも守屋に関わる残党を征伐に出る。

しかし、遠隔地で情報をつかみ切れていない万は、突然、朝敵になったことでパニックをおこしたのでしょう。
とにかく、情報を集めようと逃げるんです。
その時、彼は思ったのかもしれません。
もし仮に、守屋が存命であったのであれば…負け戦とわかっていても、守屋のために、弓を執る覚悟もあったのかもしれませんね。

そうこうしながら、「このままでは何の進展も無い」と思ったのか、万は、身を隠していた場所から、ひょっこり姿を現す。
すると朝廷軍は…問答無用で万に襲いかかってくる。もはや、交渉の余地は無かったんです。

こと、ここにいたり、万は全てを察知したのでしょう。
彼は単身、剣を執り、孤独なゲリラ戦を展開。

なぜ、彼は剣を抜くのか?あるいは、さらに強硬に交渉を求める。また、朝廷軍への投降の意思を鮮明にし歩み寄る。様々な手段があるはずにもかかわらず、彼は絶望的な戦いの道を選ぶんですね。

この選択の理由は…プライドなんでしょうね。
100人あまりの部下をも従えていた彼は、物部の勇者の一人、そして物部を支える重臣の一人として、ズルズルと歴史の闇に飲みこまれる事と、自らの命、生活を失ってでも、そのプライドを守ることを天秤にかけた時、後者が重かったのかもしれません。

そして、この姿って、丁未の乱で勇猛に戦う、物部守屋とダブるんです。

「正義」という言葉って、曖昧じゃないですか?
信じる道はひとつであっても、他の状況や環境に左右され、その人が信じる正義とは反対の立場が正義とされることだってある。
だから、みんな空気を読むんですよね…

ただ、万も守屋も、その不穏な空気も読んだ上で、あえて、空気には色もニオイもついていない。この現実を優先させ、自らの正義を貫き、彼らの生きざまを敵に見せつけるんです。

そして最期。
朝廷軍に囲まれた万は、こう発言します。

「万、天皇の楯として其の勇を効さむとすれども、推問ひたまはず。翻りて此の窮に逼迫めらるることを致しつ。共に語るべき者来たれ。願はくは殺し虜ふることの際を聞かむ」

(万は天皇の楯となって武勇を発揮しようとしたのに、罪状を取り調べてはいただけない。むしろ窮地に追い込まれる事となっている。話し合いできる者は来てくれ。殺すのか?捕虜にするのか?その区別を聞かせてくれ)

おそらく、死を決意した万は、本当は「殺すのか?捕虜にするのか?その区別を聞かせて」などとは、思っていなかったのでしょう。
ただ、理不尽な殺戮への疑問、不自然な時代の流れへの不信感。

「その区別を聞かせてくれ」の後に、本当は続く文言「そんなものあるわけないんだろ?」
この部分を、殺戮者たちに主張せんがため、彼は弓を執り戦い、最期に大見え切って意見する。

それは捕鳥部万の主人たる、物部守屋の魂が、彼の身体を借りて発言したのではないでしょうか?

歴史の流れは時に残酷な結末を用意しているのですが、そんな歴史の間にあって、捕鳥部万は、歴史の声なき声に耳を傾ける、後世の我々に語りかけているのではないでしょうか?

理不尽な事もある。命だってムシケラより軽い時だってある。
それが人間だ。それが歴史だ。
ただし…正しい時に、正しいと思う事を「正しい」と言えなかったのであれば、それは自分自身を失う事になる。

質問した人からのコメント

2014/6/4 09:50:06

一安心 これだけまっとうに自分を貫き通して死を覚悟に意思をもって戦う人だったのですね。どんなに不利だろうが命がかかっていようがプライドを無くしてまで生きるより潔かった、と、感動で涙が出ました。そんなすごい人だから後世にまで語られるのですね。今、生きてる方々にも感じて欲しいです。すごく解りやすくてありがとうございます。…昨夜、ちょっとかまってくれなくて、ふて寝しながら、ワザとアダカテして、ごめんなさい。>_<

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