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信長と道三が対面したときに、道三は、なぜ信長を討たなかったのですか?

zzz********さん

2014/7/317:54:36

信長と道三が対面したときに、道三は、なぜ信長を討たなかったのですか?

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ban********さん

2014/7/320:15:59

道三が信長を殺そうとしていた、でも信長が思いのほか賢かったのであきらめた、というのは、お話としては面白いし、歴史小説のネタとしてはいいんでしょうけど、さて、実際はどうでしょうかねえ。
戦国時代というのは、まわりのすべてがみんな敵で、すきあらば殺そう、掠めとろう、とばかり考えていた、というのが一般的なイメージですが、ほんとうにそうだと思いますか? みんながそんな一匹狼みたいなこと考えてたら、身が持たないでしょう。普通の戦国大名は、右と左の両方の敵といっぺんに戦うのはムリなので、どっちかとは仲良くして、もう一方と戦おう、そう考えるもんです。隣の国と同盟するのは、生き残るために不可欠の、大事な手段です。
同盟は、口約束では心もとないので、「婚姻政策」を伴うのがほとんどです。武田も上杉も北条も今川も、みんなそうしてます。
斉藤道三は、大事な娘を嫁にやるという、いちばん大事なカードを切ってまで、隣の織田と同盟を結んだんです。婿と面会しようというのは、せっかくの同盟をより確実にして安心したい、という意味です。そこで信長をだまし討ちにして、せっかくの同盟をブチ壊したりしたら、元も子もないじゃあないですか。
斉藤道三という「悪党キャラ」を、後世の物語作家は膨らませすぎています。道三だって一国を治める大名であり、そんなメチャクチャなことをするわけがありません。こんなところで信長を殺すメリットは、ひとつもないんです。普通に考えれば。

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zuz********さん

2014/7/400:23:48

道三も苦しくて織田家と婚姻したという面があります。

その関係を自ら断って、同盟者を無くしたら、足元の美濃が
荒れます。
隣接する尾張守護代織田家も、腫れ物の織田信長が死んだら
尾張での勢力を広げられ、それは斎藤家にとって危険因子です。

あと会見場は尾張側で、逃げるうえで川を渡る必要があると
思います。
下手をすれば追い打ちをうけます。

bir********さん

2014/7/318:30:39

織田信長が斉藤道三の娘を嫁に、もらった
のは、平手政秀が融通したことが大きい、が、
信長と道三の面会は、まず織田信秀が急死
したり、平手政秀も切腹して、こうした
動乱により、信長~道三のムコシュートは
面会延期が続いた。しかし、織田と斉藤が
、姻戚が成立しているのに敵対するのは
得が無いので、両者、妥協を して、
斉藤と織田の勢力の圏外にある正徳寺で、
面会を果たした。そうした中立地区で
会えば、どちらかが、どちらかをダマシ討ち
出来ないから。
しかし織田信長が、武装した家来を多数
ひきつれて斉藤道三に会いに行ったのは
単に自分の家来ども、を見せびらかす
だけでなく道三に不意討ち、させない
用心だったとも、いえる。
いかな策略の下剋上の名手、斉藤道三も
ムコである織田信長を仕物に掛け
殺せなかった。

h26********さん

2014/7/318:28:32

道三も当初はあわよくば信長を討つつもりだったと言われていますが、道三は正徳寺での会見の前に沿道からやって来る信長の行列を物陰から見物したのですが、信長の兵は多数の鉄砲隊と当時としては異常に長い槍を持った槍隊を引き連れている事に目を止め、信長が先見性を持った、ただならぬ大人物だと見抜き共に見物し「婿殿はやはりうつけでしたな」と感想を漏らす側近の猪子兵介に

「我が子たちはあのうつけ(信長)の門前に馬をつなぐようになる」(信長公記)

と語ります。つまりうつけは格好(身なり・服装)だけのもので、我が息子(義龍)等より遥かに大物だとして討ち取るのをやめたと言われています。

まあこれは有名な逸話として…

実際は当時、織田家内(織田弾正忠家)では家督を継いだ信長(那古屋城)を担ぐ者と弟信行(末森城)を担ぐ者で家中を二分して対立しており、また信長の主筋に当たる清洲の織田信友(織田大和守家)もいましたから、仮に信長を討ってもそれで尾張が道三の物になる…と言う状況にはありませんでした。

むしろ信長より信行を支持する勢力の方が強く、清洲の信友は信長とは不仲、信行とは親しい関係…と言う状況から下手に信長を討てば却って信友・信行で尾張が纏まってしまう可能性が高かったと思われます。

そうした当時の状況を客観的に見れば信行や、信友は道三とはなんの縁もありませんから、それならば娘婿である信長を支援して尾張を纏めさせた方が自然な流れであり、道三には最初から信長を討つ気など無くただ、
「尾張を纏めるだけの器量が信長にあるのか?」
を自分の目で見極めたかったのだと私は思います。

tak********さん

2014/7/317:55:11

歴史の本を見たらわかる

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