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殿さま首相、殿とも言われていた細川首相ですが 清和源氏足利氏流細川氏の末裔...

ser********さん

2014/8/1314:49:37

殿さま首相、殿とも言われていた細川首相ですが

清和源氏足利氏流細川氏の末裔の方ですが、他にも佐竹氏・南部氏・伊達氏などは現在も続いていますが、

現在、出自がこの様にはっきり分かるのは、前述の様な武家の名家か堂上公卿いわゆる公家の子孫でもない限りに明確に先祖と言うか源平藤橘などに家系が繋がっているかは判明しないですか?

それとも、家系図や苗字などで明確に判明する場合はあるのでしょうか?

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rer********さん

2014/8/1319:25:49

公家、大名以外でも能登の時国家(平家に非ずんば人に非ず、と言った平時忠の子孫)や酒田の本間氏(日本一の大地主で佐渡守護代本間氏の一族)など由緒正しい家系を持つ一族は各地にあります。
しかし大半は江戸時代の捏造でしょう。

江戸時代、徳川3代将軍・家光の時代、幕府は諸大名に系図を差し出させ、「寛永諸家系図伝」という大名と旗本の系図伝を編纂しました。
中には島津や伊達、細川、佐竹など由緒正しい古い大名もいましたが、徳川家を含めほとんどが戦国時代に下克上で成り上がった大名達です。
まともな系図などありませんが大名ともなればそうとも言えず、僅かな言い伝えを種に系図を捏造しました。
そのとき林大学の頭が大活躍したといわれます(系図捏造に)。
ところが諸大名は国許の家臣達にも系図を差し出させたため、今度は国許の家臣達が系図作りで大騒ぎすることになります。
これが下々にも移り、寛永の頃は庶民の間でも系図作りが流行したといわれます。
今、9割の系図はこの頃作られたでっち上げ(捏造)だといわれるそうです。

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met********さん

2014/8/1316:16:28

没落した家や流浪を経たという家の経歴はまず信用できません。
特に、源平の争乱期、南北朝の争乱期や戦国の争乱期に他国から来たという家系はまず信用しないほうがよいでしょう。系図があっても小保方論文程度にしか信用できません。
徳川家も新田の末流の者が流浪の僧となって三河の松平郷に来たということなのですが、現段階では信用しないほうがよいでしょう。

もし、あなたが徳川家の方で、清和源氏の子孫かどうか確認したいというのでしたら、失礼な言い方をお許しください。

jaa********さん

2014/8/1315:50:07

レーザーラモンRG(出淵誠)は先祖を辿れば平安末期までいくらしいですよ。TVの企画でやっていて、たまたま見てましたけど。

愛媛県伊予市にあった伊福城城主の出淵盛政や落語家の現在の落語の形を完成させた初代三遊亭圓朝(出淵 次郎吉) も先祖だそうです。

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