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ソクラテスの問いである「勇気とは何か、」「正義とは何か、」「美とはなにか、」 ...

nao********さん

2014/10/2207:51:51

ソクラテスの問いである「勇気とは何か、」「正義とは何か、」「美とはなにか、」
勇気に該当する事柄とかじゃなくて具体的な条件というか、定義的なものを言えば
ソクラテスは納得するのでしょうか?

ソクラテスに問われたときになんと返せば、彼は満足したのでしょうか?

補足つまり、「見られたもの」、「見られた真の姿」、理想や判断基準のことを指すのでしょうか?

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nan********さん

編集あり2014/10/2318:04:09

まあ産婆術と言ってるくらいなので何を言っても納得しない可能性はあります。結論を示されてしまうと、別にソクラテスは育成術を述べたわけではないので困るのでは。かなりよい判断基準ができても、あえてそれを壊してより悪い判断基準になっても仕方ないのが、産婆術ではありますね
●一つにはソクラテスは何一つ書き残したものがないので、プラトンの条件を考えるしかないのでは?
イデアで済むのでは。

質問した人からのコメント

2014/10/27 09:44:11

成功 なるほど、産婆術ですか、ありがとうございましたー。

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mic********さん

2014/10/2210:43:15

問題は「何か?」という問い方です。
これは本質の問いと言われて、必然的に「イデア」に導かれる、誘導尋問のようなもの、ワナにはまります。
たとえば、人間とは何か? と聞かれると具体的な人間から離れて、人間一般、つまり現実にはいろいろな人間がいるのですが、それを集めて平均化して、最大公約数だけ取り出して、それを人間の本質だという。
そのようにして、ソクラテスは最終的に「善のイデア」に導いて行った。
勇気も、正義も、美も、みんな同じです。
だけど、具体的なものを抽象化して、最大公約数を求め、概念でいえばもっとも抽象的な最高の、もっとも普遍的な概念を導き、それが「イデア」と言われると、具体的な事柄はみんな排除されて行き、最後には「抜け殻」しか残らない。
プラトンはその「一者」「イデア」から具体的なものが生じると、前後関係をひっくり返し、抽象的な概念こそ真の実在で、具体的なものは却って、実在ではなく、仮象だといいました。
本末転倒です。
このようにして「・・・・・とは何か?」という問いはそのものの本質へ人を誘導する問いであり、人をワナに陥れる問いです。
これをプラトンの「実在論・リアリズム」と言いました。
個物よりも、概念の方が真の実在だ、という主張です。
西欧の哲学の歴史はプラトン主義の歴史であり、概念と実在の本末転倒の歴史です。
「・・・・・とは何か?」という問いはソクラテス・プラトンから始まりました。

chu********さん

2014/10/2209:38:32

彼が求めたのは「定義的なもの」なのでしょうが、
「それらについての知者はいない」(真の勇者・正義の人・美しい人、はいない、
人間は皆、この点では欠陥をもっている)と考え、
「少しでもでもそれについて知ろうとすることが大事」とし、
果てしなく「問い続ける」しかない、と考えたようです。
「答え」はあっても、部分的、暫定的なものであり、
さらなる「求知(哲学)」をすることが「人間にできるベストだ」と言っています。

例えば、「不正や悪ををしないことが勇気だ」と言ってもいいとは思うのですが、
勇気は他にもありうるし、今度は「何が不正か」「何が悪か」となる。

「賄賂を断ること」は勇気だとしても、
それが「賄賂」かどうか分からない、
「お世話になった人へのお土産・お礼」という礼儀かもしれない・・・。

twe********さん

2014/10/2208:45:30

ソクラテスはインネンをつけるんが好きなだけだから、ぶち殴って黙らせりゃいーだけだよん♪(*^^*)

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