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先の知恵袋で武将が通称と諱を使っている事を教えて頂きました。羽柴藤吉郎秀吉は...

mej********さん

2014/11/2012:46:06

先の知恵袋で武将が通称と諱を使っている事を教えて頂きました。羽柴藤吉郎秀吉は秀吉と諱で呼ばれているイメージですが黒田官兵衛孝高は官兵衛と通称で呼ばれているイメー ジがあります。
諱で呼ばれる人と通称で呼ばれる人の違いってあるのですか?また相手に対して諱と通称の使い分けはどのようになっているのでしょうか?家族は諱、他は通称とか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

p93********さん

2014/11/2016:55:51

昔の成人男子は通称と諱(実名)を持っていました。官職名や受領名もありましたが、話がややこしくなるので、ここでは省略します。諱は忌み名とも言われるように、相手を諱でよぶのはタブーというのが、これまでの通説でした。しかし戦国時代の武将は、諱で呼ばれると自分が有名であると考え、むしろ諱で呼ばれることを好んだというのが最近の通説です(『日本人の姓・苗字・名前』大藤修)。この通説に従えば、当時の庶民たちは秀吉様や孝高様と呼んでいたことになります。家族がどう呼んでいたのかは、口語史料が残っていないので分かりません。

質問した人からのコメント

2014/11/27 07:10:53

皆さんありがとうございました。

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jky********さん

2014/11/2100:22:24

~郎、~兵衛系の通称で呼ばれたのは主に無官の時で、官職が与えられればそれを通称とするのが一般的でした。
豊臣秀吉が藤吉郎と呼ばれたのは出世前の時で、その後は筑前守→(略)→関白→太閤と目まぐるしく変わっています。歴史ドラマなどでこれに忠実に従うと非常に面倒なので、便宜的に呼び名が諱で統一されることが多く、そのようなイメージが付いたのでしょう。
一方、黒田官兵衛は軍師として活躍した大半において身分上官職には縁が遠く、長く官兵衛として通っていたので、現在に至るまで官兵衛で通り続けています。

2014/11/2016:49:37

殿下、上様、殿、大殿、お館さま・・・
などのほかに、その人だけを表す尊称があります。
「お実城(みじょう)さま」・・・上杉謙信。
「実本城さま(みほんじょう)さま」・・・北条氏康
ふだんいる場所の名です。
○○守(その国の領主ということではなくなってきたが)を使って親しければ「甲斐殿」「美作殿」なんかも使います。
「黄門さま」も水戸に限らず、先の殿様という意味です。
官兵衛の考高は、ほんとに、ピンときませんね。
発音すると「かんのひょうえ」ですから、いかつい感じもあり、本人も好んでいたのかもしれませんね。

親や、上司は、いみなを使ってかまいません。
敵にも、OKです。
魂を乗っ取るという意味合いもあるので、むしろ連呼でしょう。

子は、武士なら、普通に父上でしょうし、妻は、それぞれ好きに呼んでよかった気がします。
フィクションかもしれませんが、ねねさんのよびかけは、「お前さま」が、一番しっくりきます。

2014/11/2013:14:26

諱というものは、生前に他人が呼ぶと非常に無礼であるという習慣があり、朝廷の公文書上で使うほかは主に死後しか使わないというものです。
したがってその人物が生きていた時代、普段は通称で呼ぶか、役職で呼ぶか、敬称で呼ぶかという事になります。
(敬称=殿、御屋形様、殿下、上様などなど)

ところが歴史上に話になると、役職というのは何人でも同じ役職についているので紛らわしくなります。
そこで現代においては役職名や別名、敬称などで呼ばれていた人物は基本的に苗字+諱という風に呼ぶ事が多いです。
一方、黒田官兵衛、竹中半兵衛のように通称で呼に習わされた時期が長かった人物は、苗字+通称という風に書くことが多いようです。

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