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大名、武士の呼び名で、淡路守とか上野介と地名がついています、誰がつけるのです...

hag********さん

2007/12/2419:33:55

大名、武士の呼び名で、淡路守とか上野介と地名がついています、誰がつけるのですか必ずしも勤務地と同じでない気がします、よろしくご指導のほどを。

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uni********さん

2007/12/2516:32:14

【○○(国名)+守、介】などは、もともとは律令制で定めれた国司の官名ですね。

国司とは朝廷から各国に派遣される、今で言う知事にあたり、守(かみ)はその長官、介(すけ)は次官にあたります。
ちなみに三等官を掾(じょう)、四等官が目(さかん)と言い、朝廷では役所によって字は異なるものの、すべて「かみ・すけ・じょう・さかん」の順になっています。
ちなみに軍事部門では「かみ・すけ・じょう・さかん」を「将・佐・尉・曹」と書いたので、明治期以降の軍隊でもこの字に大中少をつけて階級の呼称にしたんですね。

さて、国司は始めのうちは天皇から任命されて任地に赴いて政治を行っていましたが、時代が下るにつれて任地へ行かなくなったり(遙任)し、だんだんと有名無実化します。
やがて、武士が権力を握るようになってくると国司の地位はまったく意味をなさなくなってしまい、名目上の地位だけになってしまします。

そのうち、武士がその国の支配権を確立すると、「自分は武力だけで支配しているのではなく、きちんとしたお墨付きをもらっている」という名目をほしがるようになります。
徳川家康が三河地方の豪族を統率し、三河国の支配権を確立した際には朝廷に申請して三河守の官位をもらっています。

やがて、この官位はさらに名目上だけのものになっていき、もはや国名はまったく関係なくなってしまいます。
ある程度の地位へ上った武将に与えられる「武家官位」と呼ばれるようになり、主君が功績のあった家臣や、伝統ある家の者に与えるようになっていきます
織田信長は上総介、羽柴秀吉は筑前守、明智光秀は日向守などの官位を名乗っていますが、領地とはまったく関係ありませんね。
この頃は、形式上は朝廷に献金とともに申請して認めてもらってはいるものの、勝手に名乗るものなども大勢いました。
ちなみに、上総国、常陸国、上野国の3国だけは親王任国と言って、天皇の皇子が名目上の守になることになっており、介が長官でした。
織田上総介や吉良上野介はこのパターンです。

さて、江戸時代になると、幕府は禁中並公家諸法度を制定して武家の官位を朝廷の官位から切り離して、ごちゃごちゃになっていた官名(武家名乗り)を整理します。
こうして、江戸期以降は本人が申請して名乗るようになり、国の名前とはまったく関係なくなってしまいます。
同じ伊豆守でも何人もいたりしますし、そもそも、領地が細分化されてその国を丸ごと実際に支配している大名が外様大名以外にはいなくなってしまいます。
また、大名ではなく旗本であっても申請が認められると名乗ることができます。

それでも一定のルールはあり

・そのときの大老や老中と同じものは名乗らない
・朝廷のある山城国、幕府のある武蔵国の守は名乗らない
・常陸介は紀州徳川家初代の官名だったので名乗らない
・筑前守は、実際に筑前国を丸ごと領地にしている黒田家と秀吉から「羽柴筑前守」の称号をもらった加賀前田家以外は名乗らない
・薩摩守・大隈守は島津家、陸奥守は伊達家、土佐守は山内家がその国を実際に領地にしているので他の大名は名乗らない
・三河守・越後守は2代将軍秀忠の兄の家系である美作松平家が名乗っているので他の者は使わない
・尾張守は、主君を裏切り不幸な末路を辿った陶隆房や松田憲秀が名乗っていたので使わない
などの暗黙のルールができました。

質問した人からのコメント

2007/12/25 17:38:25

降参 ありがとうございます。

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aeg********さん

2007/12/2421:47:10

官職は基本的には当該本人の希望を幕府に願い出て、実際の辞令は朝廷から文書が届くというシステムです。
尤も、先祖伝来の当主が任官していた官職を踏襲することが基本です。(そのため、領国とは必ずしも一致しません。)
例えば、江戸町奉行大岡越前守忠相は、代々の当主が任官していた能登守(町奉行の前職である作事奉行やその前の山田奉行時代)になっていたのですが
町奉行になったとき、先任の同役に坪内能登守定鑑という人がいたため、越前守に変わりました。同役では同じ官職には就かないという内規があるため。
また、越前福井藩主の松平家では、領国の越前国の国司である越前守に任官することを幕府が許している事例もあります。
加賀の前田、薩摩の島津、筑前の黒田、壱岐の松浦、対馬の宗、
土佐の山内、讃岐高松の松平、安芸の浅野、陸奥の伊達などなど。
天保年間に老中となった真田幸貫は老中就任前に信濃守になっています。真田は信濃松代10万石の藩主ですが、
通常なら、代々が任官していた伊豆守あるいは弾正忠を任官し続けるところでしたが、幕府への働きかけをして
広大な信濃国司となった例があります。
さらに幕末には、若狭小浜の酒井忠義は、京都所司代のとき、若狭守となり、先祖代々の修理大夫から変わりました。
伊予国では、松山の松平定昭は老中になって隠岐守から伊予守となりましたが、同時に、同国宇和島の伊達宗城も
遠江守から伊予守になり、同一国で伊予守が複数いるといった江戸時代にしては珍しいこともありました。

ten********さん

2007/12/2421:06:45

もともと、律令制国家においては○○守、××介というのは朝廷から任命された国司で、その国の国衙(役所)に赴任して政務を執るもので、淡路守は淡路の国司、上野介(上野は親王任国のため、守ではなく介が長官)は上野の国司としての実体の伴うものでした。(時代が下ると本人は京にとどまって、別のものを「受領」として赴任させるものも出てきました。)
しかし室町時代に、守護大名が国司の支配する国衙領を蚕食していくと、国衙が有名無事実の存在となり、国司も不要のものとなっていきましたが、○○守、××介などという官職は武士が権威付けとして、朝廷から実体の伴わないものに任命されるものとなっていきました。
時代が戦国の世となると、織田信長の上総介や、羽柴秀吉の筑前守など朝廷から任命を受けないまま僭称する者も増えていきました。
江戸時代になると、権威付けのための武家官位は、実質的には将軍が任命するものとなり、大名が直接朝廷から任命された場合でも、幕府の許可を受けなければなりませんでした。
この時代には、大藩の大名に限っては、領地支配の権威付けとして前田家の加賀守、島津家の薩摩守など、実体の伴う官位に任命される場合もありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%AE%B6%E5%AE%98%E4%BD%8D

kan********さん

2007/12/2420:48:22

以前にも、同様のご質問が何回かありましたが・・・・・
平安時代以来、朝廷では、各地方の官職として、守・介・尉(じょう)を任命しました。
守は、今でいえば県知事兼警察トップ及び地方裁判所トップ・介(すけ)は副知事くらいかな???尉は、市町村長兼警察署長位でしょう・・・
この他に、皇居を守る衛門(左右が居り左が上です)・朝廷の馬を管理する・馬之介(輔とも書き・左右があり左が上です)など、種々の官職がありました。
守には、藤原氏などの貴族が任命されましたが、実際に任地に赴く事は少なく、介が代理しました。
鎌倉・南北朝・室町と、守(守護)に任ぜられると・武士は軍勢を率いて、その地方の平定に向かって行きました。
ところが、戦国時代になると、朝廷の任命による命名は少なくなり、農民出の武士達でさえ、語呂合わせの良い・守とか介とか名乗る様に成りました。特に関東では、管領職の方が価値が有りましたが!!!
全国に溢れた官職を、江戸幕府も整理しようと試みましたが、そのままの状態で、整理の付かないまま時代は明治へと移り変わって行きました。
以上

sca********さん

2007/12/2420:34:22

これは、本来ですと「領地があって、そこの自分の領地の地名を官命として名乗る」というのが朝廷側からの古来のしきたりになっていました。しかし、武士の時代になって守護大名というものができてきた時代には 自分の国=官名という名乗りをするのが風習になっていました。

江戸時代になってくると、幕府が政治権力を握ったので、朝廷の側からの正式な国司としての任命を貰うことはなくなってしまい、幕府から国を与えられるという形に変わってきます。江戸幕府では必ずしも自分の領国の地名=名乗りの官名ということはしませんでした。というのは、「国替え」というのが頻繁に行なわれていたからです。

これは形式的に朝廷から「従五位下権少将」などと言う位を貰うと、武士として体裁を整えるために「守名乗り(かみなのり)」というものを同時にして、幕府に認可してもらう形をとっていたようです。これは

「大名が勝手に自分の好きな国の官名を名乗ることができる」=「私は今日から~~守と名乗ります」

つまり自己申告制だったのです。ただし、例外があって、幕府のある江戸地方=武蔵国 の領主は江戸幕府=将軍家なので武蔵守はこの守名乗りはできない慣例になっていたようです。

hk8********さん

2007/12/2420:07:02

朝廷。

たとえば朝廷に貢物をして見返りに。
「汝を従五位下」(官位)
「侍従に任ず。。」(官職)
「なんとかの守」(官名)
地名は関連しません。

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