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寛永通宝について教えて下さい。 息子が拾ってきました。 直径約2.7センチ厚さ...

mariya3266さん

2015/1/1701:35:42

寛永通宝について教えて下さい。

息子が拾ってきました。
直径約2.7センチ厚さ約1ミリですが、本物ですか?
大体いつ頃作られたものか教えていただけないでしょうか。
調べてもよくわかり

ませんでした。

寛永通宝,東大工町銭,いつ頃,直径約2.7センチ厚さ,鉄銭,橋場銭,銭座

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forty_1stさん

2015/1/1708:16:05

江戸時代の寛永通宝は、大きくわけて次の4種類あります。
(1)銅1文銭 寛永13年(1636)より発行
(2)鉄1文銭 元文4年(1739)より発行
(3)銅4文銭 明和5年(1768)より発行
(4)鉄4文銭 万延元年(1860)より発行
寛永通宝の製造は、江戸幕府や諸藩により明治3年(1870)ころまで続けられました。

画像の品は、明和6年(1769)に江戸深川千田新田で製造された銅の4文銭です。
そば1杯が16文しましたので、この銅貨4枚です。
明治以降は、2厘として通用しました(形式的には昭和28年まで有効でした)。

大量に残されているため、希少価値はあまりありません。コイン店では100~200円程度で販売されています。
記念にお持ちなさるのをお勧めします。

寛永通宝の歴史については、下のサイトが参考になります。
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/J010.htm

質問した人からのコメント

2015/1/17 14:00:04

降参 まさかこんなに詳しく教えていただけるとは思ってもみませんでした。お正月の帰省の際に見つけてきたもので、息子の宝物になりそうです。回答して下さった方々の深い知識に感動するとともに、心から尊敬致します。本当にありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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編集あり2015/1/1711:49:31

おはようございます。
御質問の銅銭は、江戸時代中期、明和六年(1769)に、江戸の深川千田新田にあった銀座管轄の銭座で初めて製造された寛永通寶十一波銅四文銭です。後の年代にも製造され、文政四年(1821)に江戸の浅草橋場町で製造された橋場銭、安政四年(1857)に江戸の深川東大工町で製造された東大工町銭と呼ばれるものがあります。寛永通寶十一波四文銭には鉄で製造された鉄銭があり、幕府公許の銭座鋳造銭や各地の諸藩で密造された鉄銭など、さまざまなものがあります。当時の人々は明和六年以降に製造された寛永十一波四文銭を青銭、文政四年以降に製造されたものを赤銭と呼んでいたそうです。

(補足)明和五年に深川千田新田の銀座管轄銭座で製造された寛永通寶四文銭は真鍮製で裏の波模様は21あり、この波模様は当時の勘定奉行・川井越前守の家紋、青海波から採ったと言われています。御質問の寛永通寶十一波四文銭の中には高価なものがあります。橋場銭の正字と大字、東大工町銭の大字は10000円~20000円、橋場銭の大頭通と離用通、東大工町銭の背一直波は3000円~6000円の価値です。しかし、これはコイン店での店頭販売価格です。コイン店で買い取りを依頼されると信じれないような価格で買い叩かれるので気を付けてください。

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2015/1/1702:03:10

寛永通宝は現存する枚数がやたら多いんで

写真ではよくわかりませんが

本物でもおかしくはないです

たしか銭形平次が投げてたのも寛永通宝だったはず・・・

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